2009/09/13

洋書の秋

The Colored Cartoon BLACK REPRESENTATION IN AMERICAN ANIMATED SHORT FILMS,1907-1954 Christopher P. Lehman(2007;University of Massachusetts Press)
Colored
 サブタイトルにあるように、カートゥーンにおいて黒人がどのように描かれてきたかについての研究書である。アマゾンで見つけて、図版がたくさんあるのを期待したのだが、表紙以外には一切無い。これでは「黒炭姫と七人の小人」Coal Black an de Sebben Dwarfsなどを見た記憶から、こんなに凄い表現があったと想像して本文を読むしかないって思ったら、本文が始まるページの前に、これこれこういうインターネットのサイトでこの本で取り上げている黒人キャラが見られるという読者への注釈があった。我々日本人には分かり難い黒人なまりの英語にも言及していて、「トムとジェリー」の足だけおばさんのセリフはテレビ放映では普通の英語に直されているそうだ。


UNFILTERED THE COMPLETE RALPH BAKSHI The Force Behind Fritz the Cat,Mighty Mouse,Cool World, and Heavy Traffic Jon M.Gibson & Chris McDonnell(2008;Universe Publishing)
Bakshi
ラルフ・バクシ本である。巻頭言をクエンティン・タランティーノが書いている。全てのページに図版がある264ページのハードカバーの立派な本である。円高のおかげもあって3500円ちょっとで手に入った、多少なりともバクシに興味があるならお買い得本である。タイトルが「フィルターをかけずに」ということだから、この本もバクシ特有の危ない表現の図版が多いのではと思ったが、子どもに見せられない、というものはほとんどない。サブタイトルに「クールワールド」の文字があるが、他の作品と比べると本文中ではほとんど触れられていないに等しい。これはちょっと残念。巻末のフィルモグラフィで、バクシのアニメーターとしてのデビューが「ハシモトさん」であることを初めて知った。最初からレイシズムに関係していたのね。


ESTONIAN ANIMATION BETWEEN GENIUS & UTTER ILLITERACY CHRIS ROBINSON(2006;John Libbey Publishing)
Estnia
 エストニアのアニメといったら、プリート・パルンである。日本で1番最初にパルンに注目したのは自分であるという自負がある。1987年2月22日に今は無きスタジオ200でソ連アニメの上映会で「つくり話」(英語タイトルはTime Out、1984年作。作者名はピャルンというロシア語発音による日本語表記で紹介されていた。日本発売DVDでのタイトルは「おとぎ話」)を見て気に入り、その年の10月のアニメ総会の自己紹介の、この1年間に見たアニメで1番気に入っているものに、「つくり話」と書いたのであった。このとき、森卓也氏は「闇のまぼろし」(ポヤール&ドルーアン)、おかだえみこ氏は「レオとフレッド-2人のコンサート」(パル・トート)、現在多摩美のK山先生は「怪盗ジゴマ・音楽篇」(和田誠)と答えている。参加者の多くが挙げていたのが「天空の城ラピュタ」であった。第2回の広島アニメフェスで特集上映があったドリエセンの作品を上げている人も何人かいた。アニメ総会に顔を出すような名うてのアニメーション・ファンの間で、パルンの名前が上がるのを聞くようになったのは、第3回の広島アニメフェスあたりから、「草上の朝食」が公開された後だったと記憶する。
 そんなわけで、パルンについてどのくらい書かれているかが、私のこの本への興味であったのだが、なんと、出会いの作品「つくり話」はフィルモグラフィに作品名があるだけで、本文中では触れられず図版すらない。「草上の朝食」が話題の中心になるのは当然だとしても、「つくり話」についての記述がないのは、個人的に悲しい。
 

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2009/09/05

別冊宝島「ファンタジー・アニメの世界」がすごい!

 コンビニに寄ったら、宝島社の「バッグス・バニーDVD-BOX」と「ファンタジー・アニメの世界」というタイトルのディズニーの「ピノキオ」「ピーターパン」「ふしぎの国のアリス」DVD3枚組付きの別冊宝島が出ていた。DVDに収録されているディズニー長編3作よりも、「別冊宝島」を名乗っているので冊子の部分(「みんな大好き!アメリカのクラシック・カートゥーン特集」と銘打たれている)があって、この記事の内容が、感心するほどマニアックなものがある反面、よく分かってない人間がネットで検索してコピペしてレポートを書くと起こりがちな、とんでもない勘違いをしてます記事とが同居しているのが面白くて、両方買ってしまった。カートゥーンについてのこれだけのトンデモ本は有馬哲夫の「ディズニーとライバルたち」以来だ。「トムとジェリー」がフライシャー兄弟の製作だと書いてあるかと思うと、最初はテックス・アヴェリーが製作を担当していて後にハンナ&バーベラに代わって大ヒットした、とも別の所(とはいっても直ぐそば)に書いてある。同じページの中に矛盾する記述があるのに、編集者の誰も気が付かなかったというのが、実に可笑しい。細かく読んでいけばもっと楽しいツッコミ所は見つかるだろう。

 「バッグス・バニーDVD-BOX」は、すでに「ルーニーチューンDVD-BOX」が出ているので、どちらかといえば、落ち穂拾い的な作品収録である。「バッグス・バニーとゆかいな仲間たち」が80年代の初めに静岡第一テレビで放映されたときにビデオに録画して、少ない資料を基に原題つきとめ作業をしていた時に、どちらなんだろうと迷ったゴリラやペンギンと共演する作品が2本づつ入っているのが、個人的に感慨深い。

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2009/06/07

続々と宝島社のカートゥーンDVD

 昨日、書店に行ったら宝島社のパブリック・ドメインDVD BOXの新作が平積みになっていて驚いた。「ルーニー・テューンズ」と「ウッディー・ウッドペッカー」である。

 「ルーニー・テューンズ」は、日本語タイトルがまた新たにいい加減に付けられているのか、と思ったら、そうではなくって、ワーナー・ホームビデオが出しているDVDやカートゥーン・ネットワークで放送されているものと同じになっている。自分の作っているタイトルリストに新たな日本語タイトルを付け加えずにすんだのは有り難い。「名曲の喧しい夕べ」A Corny Concerto、「ホップ・ステップ・ザッブン」High Diving Hare、「標的は誰だ」Rabbit Fire、「ちゃっかりウサギ狩り」Rabbit Seasoning、「保安官ドリッパロング・ダフィー」Drip-Along Daffy、「カモにされたカモ」Duck Amuck、「ダッフィー・ウォーズ」Duck Dodgers in the 24 1/2th Century などにロードランナーとコヨーテ作品が3本入っていて、これは、もう、お買い得である。

 「ウッディー・ウッドペッカー」は、今までまとめて作品が発売されることがなかったので、それだけでも有り難い。「定本アニメーションのギャグ世界」で作品名が出てくる「きつつき闘牛士」が「キツツキ闘牛士」、「きつつきと熊一家」が「キツツキとパンダ一家」(ウッドペッカー第1作)というタイトルで収録されている。残念ながら、昔、アニメ総会で見て面白かったウッドペッカーと火星人(?)が戦う話は入っていない。「セビリアの理髪師」は、「ルーニー・テューンズ」の方に入っている「セビリアのラビット理髪師」と比べてみると、ウォルター・ランツとチャック・ジョーンズの違いがよくわかると思う。

 比べてみるということでは、トムとジェリーの「ピアノ・コンサート」と同様の設定の作品、バッグスの「ラビット狂騒曲」とウッドペッカーの「アンディとペッカーのショパン演奏会」がそれぞれ収録されている。どちらも「ピアノ・コンサート」の前年の製作である。それぞれの製作会社の作風の違いを安い値段で確認できるのであるよ。

 こうなってくると、テックス・エイヴリー作品集、ってのが次に出てきそうだなあ。

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2009/05/05

定本アニメーションのギャグ世界(森卓也著、アスペクト)

 森卓也師の名著(今はなき奇想天外社から出ていた)の復刻増補版(増補部分が多くて、400ページを越える分厚い本)が出た。某SNSの知人の日記で知り、あわてて手に入れた。こういうときには、amazonはありがたい。

 「アニメーションのギャグ世界」がなければ、私たちは「トムとジェリーの本 なかよくけんかしな」を作らなかっただろう。ギャグアニメって何だということを、丁寧に教えてくれる本であった。再刊されれば良いなと長らく思っていた。ただ、最初にこの本が出て以来、カートゥーン関係の情報が簡単に手にはいるようになったので、それにもとづく、改訂的なものが必要な本でもあった。それで、今回の定本では、増補という形で、その補足がなされている。

 この増補部分には、トムとジェリーのレーザーディスクのボックスセットの解説が採録されている。このトムとジェリーの全話解説は、以前「映画そして落語」(ワイズ出版)にまとめられたのだが、その時には、森さんから本が送られてきてビックリした。トムとジェリーの解説を書くにあたっって、「トムとジェリーの本 なかよくけんかしな」を参考にしたから、ということで送ってくれたのだった。今回の定本でも、自分が同人誌に書いた文章を参考にして書かれた部分が、妙に気恥ずかしく感じられる。


 1つだけ気になったことを。ジョー・バーベラの紹介に、ニューヨーク大学と銀行業務専門学校を卒業後、32年にヴァン・ビューレンのスタジオで「トムとジェリー」を担当、とある。しかし、自伝によれば、高校卒業後に大学に行かずに信託会社に就職し、職に就きながら専門学校に通い、34年にバート・ジレットの面接を経てヴァン・ビューレンのスタジオに入った(そのときには、ヴァン・ビューレンでは人間コンビの「トムとジェリー」は作っていなかった)、となっている。学歴が低い方に詐称する人はいないと思うので、自伝の方が正しいと思えるのだが。

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2009/03/10

イワオ・タカモトの贈り物

 ディズニー・プロやハンナ=バーベラ・プロで活躍した、日系人アニメーター、演出家のイワオ・タカモトの自伝、My Life with a Thousand Characters(University Press of Mississippi)が出版されたので、早速買ってみた。2007年の年頭にタカモトは急逝したわけだけれど、この本の原稿はその前に書かれていて、その校正中に亡くなったようだ。アニメーション研究家のマイケル・マロリーMichael Malloryが、共著作者になっている。

 この本でタカモトが私の両親と同年代の日系2世だと知った。ということは、太平洋戦争の日系人にとって辛い時代を強制収容所で過ごしているわけで、その頃の話がこの本の冒頭で語られる。戦争末期、収容所にいるときに絵の才能をディズニーに見いだされて、収容所を出てディズニー・プロに就職したということ、ミルト・カールのもとでアニメーターの仕事を覚えていったことなどが、英語では言えないニュアンスを持つ日本語の紹介を含めて、語られる。このあたりは、きちんと読むとかなり面白そうである。

 アニメに関することでは、ディズニー・プロのナイン・オールド・メン、ビル・ハンナとジョー・バーベラなどの今までも色々語られてきた人物について、その直ぐそばで仕事をしてきた立場から語られている。きちんと読んではいないが、目に付いたところに、ビルとジョーは、フランク・トーマスやオーリー・ジョンストンのように私生活でも仲の良いコンビではなかったが、お互いの才能を認め合って仕事をしていたなど、おお、そうかという記述があり、訳すつもりで読まないといけない本だと思う。

Takamoto

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2009/03/05

サムシング・エル・トポ

 「アインシュタイン交点」に関することの続き。

 「アインシュタイン交点」には、ビリー・ザ・キッドから発想されたキャラクターが登場するので、西部劇的な部分があるのだが、その部分から連想されるのは、アレッハンドロ・ホドロウスキーの「エル・トポ」である。この映画も「アインシュタイン交点」と同じく1967年の作品である。つまり、「アインシュタイン交点」は、人類が地球を逃げ出してしまった遥かな未来の話であるにもかかわらず、きわめて同時代性の強い小説なのである。「エル・トポ」自体を見直し始めたのだが、この映画そのものから先ず連想するのはガルシア=マルケスだけれども。


 ディレイニーの積読解消で、「ノヴァ」を「アインシュタイン交点」に続いて読んだ。「ノヴァ」の方が、華麗なワイドスクリーン・バロックであり、この小説が訳されてすぐに読んだなら、もっと凄いと思ったかもしれない。自分が、この小説を素直に楽しむには少しトウが立つ年齢になってしまったことを感じた。疑似科学的アイディアとしては、ある種の新星(ノヴァ)で作られる、原子番号が300を超える超元素群、イリュリオンが、面白い。

 質量数が通常の原子核よりも非常に多かったり(中性子過剰)、中性子が少なかったりという原子核でも、ある程度安定な原子核があるという理論計算があって、それを実験的に探す(作る)というのは、天然には存在しない大きな原子番号の原子核を作ることと並んで、原子核物理学の最先端の研究分野である。それら2つを合わせてSFのアイディアにしてしまったというのには、この小説で初めて出会った。それだけ秀逸な着想だと思うが、残念ながら、イリュリオン自体の小説での取り扱いは、プルトニウムをめぐる現実世界での取り扱い、プルトニウムを持っているのものが世界を支配する、とまったく一緒である。

 伊藤典夫の訳者解説に、登場人物の名前の由来が書かれている。その中に、この小説の主人公と呼べる2人組、カティンとマウスについて、キャット&マウス(というより、トムとジェリー)と書かれていた。「トムとジェリー」の日本での認知度を感じるんだけれど、それとともに、作者のディレイニーは、ネコとネズミではない方の「トムとジェリー」をも意識していたのではないかと思う。なぜなら、トムにあたるカティンは人間版のトムと同様に、背が高く、ひょろ長く、一方、ジェリーにあたるマウスは小柄なのである。もし、伊藤典夫がそこまで調べていて、「トムとジェリー」と書いたなら、脱帽である。

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2009/02/28

アインシュタイン交差点でコルトレーンに入る

 「フィネガンズ・ウエイク」が全然読み進められないのだが、その「フィネガンズ・ウエイク」からの引用が冒頭にある「アインシュタイン交点」を読み終えた。その昔、SF少年になったばかりの頃、SFマガジンの伊藤典夫の紹介文に狂気を書きたてられて、翻訳されるのを待ち望んでいたサミュエル・R・ディレイニーの小説である。訳されるのを待ち望んでいたにもかかわらず、ハヤカワ文庫で出てすぐに買ったことは買ったが、今まで10年も読んでいなかったのである。読みたいと想って、40年になろうとしていた。

 訳者の伊藤典夫の解説なども先に少し読んでしまっていたので、相当に読みにくいのではないかと予想したが、般若波羅密多、すらすらと読めるし、続きをどんどん読みたくなる。「ノヴァ」のような厚さがないので、一気に読みきってしまった。オルフェウス神話に基づく遥かな未来の地球を舞台にしたヒロイック・ファンタジーとして、表面上はどんどん読めるのである。しかし、所々に、あれっと、引っ掛かる部分があって、少し前に戻って読み直す、ということを繰り返した。ただし、その多くは、不十分なままの説明で投げ出されているSF設定に関わることであり、メタファーを確認するというわけではなかった。

 主人公達の境遇は、この作品が書かれた頃のアメリカ合衆国の黒人(作者のディレイニーは黒人である)の社会での戦いを連想させて、主人公が管楽器として機能する鞘で音楽を奏でるシーンは、特に最後のちょっと不可解な味を残すシーンでは、ジョン・コルトレーンを思い出させて、「至上の愛」と「インターステラー・スペース」というアルバムを捜してしまったほどだ。

 本書のタイトルの「アインシュタイン交点」というのは、この小説のホンの一部分(というか一点)にしか関わっていないのだが、その言葉の想起するイメージは、魅力的である。SFのタイトルの傑作といえるだろう。そういうタイトルと内容とのずれも、また、この小説を読む楽しさの一部な気がする。
 

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2009/01/03

2008年の本と映画

恒例の前年に読んだ本と見た映画のリスト。


 「百年の孤独」ガルシア・マルケス
 「紙ヒコーキで知る飛行の原理」小林昭史
 「人類と建築の歴史」藤森照信
 「宇宙の果てまで」小平桂一
 「シッダルーダ」ヘルマン・ヘッセ
 「チェスタトンの1984年」G.K.チェスタトン
 「暗黒星雲」フレッド・ホイル
 「世界終末十億年前」ストルガツキー兄弟
 「原爆から水爆へ 上」リチャード・ローズ
 「非線形科学」藤本由紀
 「物理学者ゴミと闘う」広瀬立成
 「収容所惑星」ストルガツキー兄弟
 「日本人になった祖先たち」篠田謙一
 「HAMMERED」エリザベス・ベア
 「SCARDOWN」エリザベス・ベア
 「原爆から水爆へ 下」リチャード・ローズ
 「蟻塚の中のかぶと虫」ストルガツキー兄弟
 「困りますファインマンさん」リチャード・ファインマン
 「波が風を消す」ストルガツキー兄弟
 「暗闇のスキャナー」(サンリオ文庫版)P.K.ディック
 「湯川秀樹日記」湯川秀樹
 「疑似科学入門」池内了
 「すばる望遠鏡の宇宙」海部宣男
 「WORLDWIERED」エリザベス・ベア
 「岩波講座現代の物理学10 素粒子物理」戸塚洋二
 「究極のSF」(アンソロジー)
 「科学と芸術の間」坂根厳夫
 「恋人たち」フィリップ・ホセ・ファーマー
 「宇宙のランドスケープ」レオ・サスキンド
 「温度から見た宇宙・物質・生命」セグレ
 「見えないものを見る技術」伊藤泰郎
 「放射線利用の基礎知識」東嶋和子
 「彷徨える艦隊 旗艦ドーントレス」ジャック・キャンベル
 「量子コンピュータ」竹内繁樹
 「原始仏教」中村元
 「科学哲学の冒険」戸田山和久
 「クォーク 第2版」南部陽一郎
 「消えた反物質」小林誠
 「夢の宇宙誌 コスモグラフィカファンタスティカ」澁澤龍彦
 「色彩の発見」小町谷朝生
 「フィネガンズ・ウェイク Ⅰ・Ⅱ」ジェイムス・ジョイス

映画
 劇場で見たもの
  「燃えよ!ピンポン」
  「俺たちフィギュアスケーター」
  「インディ・ジョーンズ4 クリスタル・スカルの宮殿」
  「スピードレーサー」
  「クローン・ウォーズ」
  「インクレディブル・ハルク」
 ビデオ等で見たもの
  「少女ムシェット」
  「処刑男爵」
  「七人のマッハ」
  「大巨獣ガッパ」
  「スキャナー・ダークリー」
  「ブラザース・オブ・ザ・ヘッド」
  「醜聞スキャンダル」
  「TAXI」
  「危ないことなら銭になる」
  「若くて、悪くて、凄いこいつら」
  「黒い賭博師 悪魔の左手」
  「ルパン3世念力珍作戦」
  「進め!ジャガーズ 敵前上陸」
  「クレージー黄金作戦」
  「大冒険」
  「クレージーの大爆発」
  「空軍力の勝利」

 この本の中から1冊選んでコメントするとしたら、「岩波講座現代の物理学10 素粒子物理」である。読み始めて、こんなにわかりやすい素粒子物理の本は他に読んだことがない、実験と理論の関係がよくわかるし、さすがに戸塚先生!と思っていたところで、戸塚洋二がガンでなくなったという訃報を聞いた。ああ、ノーベル賞候補者が1人減ってしまった、もしかしたら今年あたりもらえていたかもしれないのに、と正直思った。実際には、戸塚先生よりも先にもらっておくべき3人が受賞したわけだけれど。
 映画は、全然劇場に見に行かなくなった。特にアニメを見なくなってしまった。「赤い風船」「白い馬」がせっかく沼津の劇場でやられていたのに、それも見に行かなかった。今年はもう少し映画に対してもまめになろう。

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2008/12/25

チャーリーを捜して

 チャーリー・ボワーズ作品集のDVD"CHARLEY BOWERS The Rediscovery of an American Comic Genius"(2003年)をついに手に入れた! 以前、チャーリー・ボワーズについて書いたときに、アメリカで発売されていることを知り、いつか手に入れたいと思っていた。amazon.comで10ドルちょっとで値引き販売されていた。早く手元に欲しかったので、2番目に早く着くという航空便で送ってもらうことにしたら、料金が13ドルちょっとということになり、送料の方が高いということになってしまった。でも、日本円で2300円である。十分にお買い得である。更に驚いたのは、注文して7日目に配達されたことである。こんなに早く品物が着いたのは初めてだ。
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 DVDの中身は次の通り。
DISC1
Egged On      1926年作 24分
He Done His Best  1926年作 24分
A Wild Roomer 1926年作 24分
Fatal Footsteps 1926年作 22分
Now You Tell One 1926年作 22分
Many A Slip 1927年作 12分
Nothing Doing 1927年作 21分
DISC2
Grill Room Express 1917年作 6分
A.W.O.L. 1918年作 5分
Say Ah-hi 1928年作 14分
It's A Bird 1930年作 14分 「イッツ・ア・バード」
Believe It Or Don't 1935年作 8分
Pete Roleum And His Cousins 1938年作 16分
Wild Oysters 1940年作 10分 「ワイルド・オイスター」
A Sleepless Night 1940年作 11分
ボーナス・トラック
  Looking for Charley Bowers
   A documentary about Bowers'rediscovery by Raymond Borde
 (邦題は「世界アニメーション映画史」による)

 ボーナストラックがあるため、解説はぺらぺらの見開き一枚である。内容も以前インターネットで調べた以上のことは書いてない。タイトルが「チャーリー・ボワーズって誰?」ってなっていて、なんと以前私がこのブログで使ったタイトルとほとんど同じ。
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 30年前「ワイルド・オイスター」(マックス・フライシャー製作というタイトルが冒頭にあるため、「ポパイ」等で有名なフライシャーの珍しい人形アニメと勘違いされていた)や「イッツ・ア・バード」で驚いたオイスターや卵から自動車が生まれるアニメは、 He Done His BestやEgged Onですでに登場している。A Wild Roomerはかなり長い人形アニメのシーンがあるが、これが全体のストーリーと全く関係ないのがちょっと残念。Fatal Footstepsはほとんどアニメが使われていないが、最後に驚くべきものがチャールストンを踊る。Now You Tell Oneは一転してアニメが主役。建物に突入していく象の大群やネコヤナギから生えてくる猫といった驚きのシーンが続出。Many A SlipとNothing Doingはアニメ部分は極少で、どうも作品のかなりの部分が失われているようだ。実際アニメはなくても成り立つ話ではあるので、そのために切られてしまった可能性もある。以上が、実写アニメを混ぜたコメディ・シリーズを集めたDISC1の作品である。

  Grill Room ExpressとA.W.O.L.はマットとジェフのアニメ。前者はHe Done His Bestのコックもウエイターもいらない自動機械の原型が登場し、後者はカートゥーンとして良く動いていてアニメーションのレベルは高い。Say Ah-hiは「イッツ・ア・バード」の金食い鳥のような何でも食べる鳥が登場する。こうして見てくると「イッツ・ア・バード」はボワーズの集大成であることがよく分かる。Believe It Or Don'tはまたまた卵から自動車が生まれる。Pete Roleum And His Cousinsは唯一のカラー作品。石油が色々なところに使われているという内容であるが、あまりボワーズらしさはない。「ワイルド・オイスター」はフランス版のクレジットタイトルが付いており、フライシャー作品というタイトルはない。不思議だ。A Sleepless Nightは「ワイルド・オイスター」に出てくるネズミの夫婦が登場するが、オイル・サーディンの缶詰をベッドにしていて「トムとジェリー」みたいだ。ボーナス・トラックのLooking for Charley BowersはフランスはトゥールーズのシネマテークのRaymond Bordeがいかにしてボワーズを再発見していったかというドキュメント。フランス語に英語字幕。英語が書いてくれてあるので、案外内容がよく分かる。以上がDISC2。

 レイ・ハリーハウゼンの'A CENTURY OF STOP MOTION ANIMATION'には、ボワーズについての記述があり、Now You Tell OneとこのDVDには入っていないThere It Is(1928年作)を取り上げている。特に後者はストーリーを丁寧に説明し、スティール写真も6枚掲載している。このDVDの中ではNow You Tell Oneが一番面白かったのだが、ハリーハウゼンによれば、There It Isの方が傑作のようである。これは見たいぞ。

 ボワーズのほぼどの作品にも出てくるのが「卵」である。その昔、ポール・ドリエッセンの作品の特集上映を見て、卵にこだわる理由を聞いてみたいと思ったことがあるのだが、ボワーズのこだわりはドリエッセン以上である。

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2008/12/23

円高だからアニメの洋書を輸入しよう

 アマゾンで注文したアニメの洋書が続々到着した。
Rychuckbks
 写真下のオレンジ色の何の絵もない本は、'Chuck Jones CONVERSATIONS'という、チャック・ジョーンズのインタビューを集めた本である。一切図版はない。ミシシッピ大学出版局から2005年に出た本である。1968年のSF作家のレイ・ブラッドベリとの対談からジョー・アダムソンやマイク・バリアーといった研究者たちとのインタビュー、1999年の未発表のインタビューまで、なかなか面白そうである。しかし、字だけは辛い。

 写真左のちょっと怖い顔が描かれた本は、「ストリート・ミュージック」という作品で名前が記憶されるNFBのライアン・ラーキンについての本'BALLAD OF THIN MAN:Insarch of Ryan Larkin'(Chris Robinson著。2009年という著作権表示がされているので出たばかりの本である)である。晩年は悲惨な状態だったというのを何処かで誰かが書いていたのが頭の片隅に残っていて、アマゾンで検索したときにこの本を見つけて、取り寄せたものである。表紙と同様に怖いイラストがあるだけで、ラーキンの作品の図版などはなにもない。ただ、ラーキンの「歩く」と「ストリート・ミュージック」の2作品とラーキンについてのドキュメンタリーが収録されたDVDが付いているのが素晴らしい。

 写真で一番大きく写っているのはレイ・ハリーハウゼンとトニー・ダルトンによる人形アニメの本'A CENTURY OF STOP MOTION ANIMATION'(2008年刊)である。ハリー・ハウゼンの人形アニメの制作時の貴重な図版などが多数あって、ページをめくるだけで楽しい。スラプスティック・コメディと人形アニメを結合させた作品を作ったチャーリー・ボワーズについても書かれていて、中身を丹念に読んでいけば、新しい発見もありそうである。

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2008/12/09

「クォーク 第2版」南部陽一郎(講談社ブルーバックス)

 初版は出た時にすぐに読み、自分がいい加減にしか勉強していなかった大学4年次のゼミでやったことの良い復習になった本だったし、授業中に生徒達に話す物理の先端の話のネタ本になった。第2版が出ていたことは知っていたが、高校時代に読み、物理を大学で専攻するのを最終決断させた「相対論的宇宙論」(佐藤文隆、松田卓也著)のように新版が出るとすぐに買うということにはならなかった。出会った時期が違っていたら、つまり、もう少し若いときにこの本を読んでいたら、新版もすぐに買っただろう。今回、ノーベル賞受賞で増刷されたのを期に買って読み始めた。

 やっぱり、凄い本である。これに比べられる物理の一般向けの本(新書)は朝永振一郎の遺作「物理学とは何だろうか」(岩波新書)くらいだろう。もしかしたら、南部陽一郎は自分の師である朝永が生き続けていたのなら書いたかもしれない「素粒子とは何だろうか」を書こうとしたのかもしれない。また、南部をこの道に引き入れた湯川秀樹への尊敬と憧れが随所に感じられ、湯川・朝永以後の日本の素粒子論の人脈もわかるように書かれているのは、日本の若い世代への南部陽一郎からのエールであろう。

 何が凄いかというと、色々新奇な考え方が出てきたうちのいくつかだけが生き残ったり、一度は忘れられた論文が息を吹き返したり、という紆余曲折があった湯川の中間子論に始まる素粒子論をきちんとまとめ、ほとんど数式を使わずに説明してあることだ。また、大抵の一般向け解説書では名前が省略されてしまうような共同研究者や同時期に同じことを発表した研究者の名前をきちんと挙げてあるのも素晴らしい。今回一緒にノーベル賞を受賞した小林・益川理論も、今回ノーベル賞に至らなかったためにイタリア人達が騒いだカビボの理論とともにきちんと説明している。


 大学の頃の自分の生活は、ゼミの最低限の予習以外は、アニメ同好会の活動最優先でアニメを作るか見るかしていた状態(佐藤文隆よりも大塚康生!)で、アイソスピンって何だ、擬スカラー、ベクトル中間子って何だ、という状態だったし、それ以前に、量子力学の基本的な問題だってきちんと解いていなかった。そんわけだから、クォーク理論の勉強していても、これから何かアニメができないかなあということばかり考えていた。それで、クォークのカラー荷のイメージからアニメを作ろうとしたことがあったが、うまくアイディアが発展しなかったので止めてしまった。「量子戦隊クォークマン」みたいなのを考えたこともあった。プロトン合体とか、ニュートロン合体とか、って考えていったら、それは何となく面白かったが、クォーク6種類×カラー3種で18人、反粒子を男女でやることにして計36人出てくることになり、大変なことになってしまうので止めた。

 クォークという名前の出自となった「フィネガンズ・ウエイク」も大分前から読んでいるのだが、やっと訳本(ハードカバー)1巻目の最後の方まで来たが、いつになったらクォークの一節にたどり着くのか分からない。

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2008/12/03

「科学哲学の冒険」戸田山和久(NHKブックス)

センセイ---そうだよね。じゃ、もういちど考え直してみようか。手がかりになるのは、そうねえ、ナンシー・カートライトって人が書いた『いかにして物理法則は嘘をつくか』って本。
テツオ-----その人って、ザ・シンプソンズのバートくんの役をやっている声優と同じ名前だ。まさか同一人物じゃないよね。
センセイ---お、そういえば同姓同名だね。もちろん別人だ、と思う。

という一節があるために、このブログ・ネタとすることにした。著者は、私と同世代の研究者である。科学哲学などというお堅い(物理よりも堅いと思う)研究をしている人が、シンプソンズのネタふりをするというのは、やっぱり、我が世代だなあ、とつくづく思うのである。「相対主義」の哲学の嵐に対して、「科学的実在論」はどこまで戦えるのかを対話形式で解説した科学哲学の入門書である。「科学とは何だろうか」ということを考えたい若い人に読んで欲しい本である。また、レムの「泰平ヨンの現場検証」以降の作品を読む人には、そのちょっと読むのがかったるくなる哲学談義(レムの哲学談義も基本的には科学哲学についてである)の参考書として薦めたい。 

 「科学的実在論」というのはちょっと素朴すぎるのではないかと思ったのだが、案外そうではないことがこの本を読んで分かる。でも、「社会構成主義」の主張を論破していくってのは難しいんだよなあ。

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2008/11/11

マクラレンの本、その他

 amazonでアニメ関係の本を検索したら何冊か買っておきたい本を見つけてしまい、注文してしまった。その内の2冊、THE FILM WORK OF NORMAN McLAREN(TERENCE DOBSON,2006)、A Reader in Animation Studies(Edited by Jayne Pilling,1997)が届いた。ノーマン・マクラレンの本は、マクラレンについての本を一冊も持っていないことに気が付いて、買うことにした。マクラレンはNFB(カナダ国立映画庁)で活躍した、今で言う「アート・アニメーション」の巨匠だが、その名を知ったのは、SFマガジンの小野耕世の「SFコミックスの世界」という連載コラムであった。1970年くらいに来日したときのインタービューからの話だったが、漫画映画ではないアニメーションがあることをその時知ったのだった。その頃、マクラレンの作品はカナダ大使館のライブラリーで簡単に借りることができ、 大学時代は上映会で困ったときのNFBであった。80年代になって、このライブラリーが静岡県立中央図書館に委託されることになったのだが、今はどうなっているのだろう? 

 もう1冊は、日本アニメーション学会に先駆けて発足したアメリカのアニメーション学会The Society for Animation Studiesの論文選集である。日本アニメーション学会員として海の向こうの学会の様子を知りたかった、というか、自分自身に興味のある論文は日本のアニメーション学会の学会誌には余り発表されておらず、こちらの方にあるのじゃないかと思ったからである。論文集の良いところは、参考文献がきちんと書かれることで、各論文末の参考文献リストを眺めるのが論文そのものを読むより面白かったりする。ところで、理系の自分からすると、文系の論文ってこんないい加減でも良いんだと思うことも多い。このぐらいだったら、自分でも、と思うこともないわけでもない。でも、アニメーション学会誌に何か書いたらと勧めて下さる人もいるのに、新しいことを見いだしてもいない自分が何かを学会誌に書くというのは抵抗が大きい。

Mclaren

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2008/10/24

トムとジェリーの新刊(洋書)

 バックオーダーになっていたJerry Beckの「TOM and JFRRY」が届いた。届いてみて驚いた。13cm×11cmのミニサイズの絵本だった。表紙裏にポケットが着いていて、シールが入っていた。Beckによる解説が最小限付いていて、トムとジェリーについて簡単に知りたい場合には役に立つ。雌猫のトゥードルスや悲観的なアヒル君も含めたキャラクター紹介もある。中国で作られたためなのか、製本にちょっと問題がある。使われている図版には妙にシャープではない物(フィルムから撮影したものか?)があり、チャック・ジョーンズ版の物も多い。でも、説明文には、制作者としてはハンナ=バーベラしか名前が出ていない。もうちょっと図版の選択にこだわって欲しかった、というのが正直な感想。
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2008/10/10

文学賞はル・クレジオ!

 1月16日のこのブログで「ル・クレジオは今どうしてるんだろう?」なんて書いたのだが、それが、ノーベル文学賞である。これで、ル・クレジオ作品が再刊されて、高校時代に図書館から借りて読んだ作品を再読できるようになったら嬉しい。

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2008/10/04

「宇宙のランドスケープ」(日経BP社)

 ハドロンのひも理論を南部陽一郎と独立に見出したレオナルド・サスキンドが、このところ主張している超ひも理論(超弦理論)に基づく「ランドスケープ理論」について解説した本である。ブライアン・グリーンの「エレガントな宇宙」、リサ・ランドールの「ワープする宇宙」に続く、ストリング宇宙論第3弾。

 本書のタイトルにもなっているランドスケープという言葉は、物理を学んだ者には「位相空間」と言う方がわかりやすいものだが、本書の巻末でサスキンドは「ランドスケープは現実の場所ではない。それは架空の宇宙のありうる設計をすべて集めた一覧と考えてほしい」と要約している。ワインバーグが指摘した、人間が存在するためにはアインシュタインの重力方程式の宇宙定数(宇宙項)が0ではない非常に小さい数に調節されていなければならないということ、それを説明できる可能性のある概念としてのランドスケープを、訳書にして500ページを超える枚数を費やし、数式なしに説明している。サスキンドの主張をまとめると、宇宙は無限に多くあり、たまたま、われわれは、炭素を主体とする生物が生存できる宇宙定数の「生命の窓」の位置にある宇宙に住んでいるのだ、ということだ。

 本書でよく出てくる固有名詞に、「ルーブ・ゴールドバーグ機械」があり、カートゥーンのファンでもある私には、なかなかうまいたとえだなあ、と感心する。「ルーブ・ゴールドバーグ機械」というのは、「トムとジェリー」や「コヨーテとロードランナー」などにもよく出てくる、「風が吹くと桶屋が儲かる」式の手の込んだ、いろいろ回り道をした末に、あることをする装置であり、ルーブ・ゴールドバーグはそういう装置の1コマ漫画をたくさん描いた、アメリカでは有名な漫画家である。日本の例で言えば、「快獣ブースカ」第1話での大作少年の目覚まし装置のアレである(例が古すぎるか)。素粒子から宇宙までを統一して説明しようとしている最新の超ひも理論の様子がまさに、ルーブ・ゴールドバーグの機械のような、複雑で妙に技巧的なもので、本当はもっと直接的な方法もあるだろうにと思わせつつ、面白いなと思わせるものだからである。自分も参加してみたいと思ったりもするが、ルーブゴールドバーグの機械を考えられそうで、実は、あんまり面白いものが思いつけそうにないのと同じ結果になるのは目に見えている。

 超ひも理論の正当性の証拠が見つかるかもしれないという期待もあった新型加速器、CERNのLHCだが、不具合が見つかったということで、しばらく修理するという。来年はついに超ひも理論の尻尾くらいが捕まえられるだろうか? すばる望遠鏡等の天体観測の方で意外な証拠が見つかるかもね。

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2008/09/24

Who's Who In Animated Cartoons

 Amazonからトムとジェリーの新刊本(洋書)が出るので予約受付中、という案内メールが来たので、予約した。その時、他の推薦本として出ていたWho's Who In Animated Cartoonsも一緒に頼んだ。これはAmazonと契約しているアメリカの古書店扱いの本だったので、先にこの本が送られてきた。2006年に出版されていたJeff Lenburgの本である。Animated Cartoonsとなってはいるが、レイ・ハリーハウゼンやジョージ・パル、ニック・パーク、バリー・パーヴスといった人形アニメの作家たちも取り上げられているし、ヨーロッパのアニメ作家や我が川本喜八郎、手塚治虫、宮崎駿、さらには、Yの項では、山村浩二がただ1人取り上げられている。自分自身、もう追いかけるのも諦めている最近のアヌシーなどで賞を取った作家やテレビアニメの演出家も出ている。あの人はどんな人だったっけ、と調べるにはなかなか良い本だ。

 Jeff Lenburgが著者なので、ジョー・バーベラやチャック・ジョーンズなどの劇場用漫画映画製作で名をあげて、その後テレビ用の作品制作に携わった人物の項目の分量がやはり多い。これは、私の興味と一致しているので都合がいい。

Whoswho
Whoswhoyama

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2008/08/28

ラヴェルとシトロエン

 妻が突然、作曲家のモーリス・ラヴェルがアンドレ・シトロエンと親しくしていた、という話を教えてくれた。ラベルの弟子のマニュエル・ロザンタールの「ラヴェル その素顔と音楽論」(伊藤制子訳、春秋社)に2人のエピソードが書かれているのを読んだということだ。で、その本を借りて読んでみた。シトロエンの奥さんに、アンドレのギャンブルを止めるように頼まれた、というエピソードが紹介されている。面白いのは、ラヴェルが車の運転ができるのに、シトロエンの自動車に乗っていなかった、ということだ。

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2008/07/18

サイボーグ士官、誰がために戦う

 知人が翻訳した<サイボーグ士官ジェニー・ケイシー>3部作「HAMMERED 女戦士の帰還」「SCARDOWN 軌道上の戦い」「WORLEDWIRED 黎明への使徒」(ハヤカワ文庫)をやっと読み終えた。エリザベス・ベアの処女作シリーズの本邦初紹介である。作者が多分好きな過去のSFの色々な要素をこれでもかと注ぎ込み、女性作家らしい視点で、昨今の地球環境問題も入れ込んだ意欲作ではあると思う。

 強大な中国と対抗できているのはカナダだけ、という設定も面白いし、ネイティブ・アメリカンの血を引くサイボーグ化手術を生き延びた50歳の女性が主人公というのも面白い。正体不明の2種の異星人が現れる、ノーベル物理学賞を朝永振一郎らとともに受賞したリチャード・ファインマンの全人格を再現した人工知能が第3部ではシェニーを押しのける活躍をする、といった読む気にさせる仕掛けがあるのだが、率直な感想を述べれば、今ひとつ物語にのめり込めないもどかしさがある。いかにもSFな道具立てを、ディックのようにガジェットとしてほとんど説明せずに使い、ストーリー展開の大胆さを示していくのか、あるいは、疑似科学的説明を丁寧にしてハードSFの本道を行くのか、どっちつかずな、半端さを感じるのである。

 この3部作を読む前、というか、ちょっと先行しながら平行して、ストルガツキー兄弟のマクシム・カンメラー3部作「収容所惑星」「蟻塚の中のかぶと虫」「波が風を消す」を読んでたのだが、後2者の日付の入った文書(日記)という形式が、ジェニー・ケイシー3部作の形式と同じで、なおかつ、地球人類を遥かに越える異星人との接触という共通部分があって、一種の共鳴を感じてしまった。

 
 ああ、もっとファインマン(私の大学時代、教員も学生も「ファイマン」に近い言い方をしていた)らしさを感じさせるリチャードであったらなあ!

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2008/05/17

「原爆から水爆へ 上下」リチャード・ローズ 紀伊國屋書店

 「原子爆弾の誕生」の続編である。核兵器の開発に伴う科学や技術の問題についてきちんと書いてあって、文系のジャーナリストなのに凄いなあと、思う。ここまで、書かれていると、なぜ、科学者や技術者がこのとてつもない、使われることのない大量破壊兵器を作ってしまったのかが、理解できる。水爆の原理は原爆で核融合の条件を満たして重水素の核融合エネルギーを解放したものと、単純に理解してきたのだが、ことはそう簡単ではない。必要な爆発力を得るためにはきちんとした物理学的理解と、技術の工夫が必要であるという、考えてみれば、科学技術開発の実に当たり前な話である。未だに、米ソが核兵器の開発実験をしているのも良く理解できるのである。

 第五福竜丸の不幸な被爆が、実験を計画した科学者達が気付かなかった核反応によるさらなるエネルギーの発生のためだったというのをこの本で初めて知った。予想外のエネルギーが解放されて、あわてる関係者達。「テラー博士の恐怖」というB級映画のタイトルのネタの提供者になった、エドワード・テラーが相当にヒステリックなタカ派科学者として描かれているのが、本当にテラー博士の恐怖そのものである。メガトン級の水爆は、このテラーとポーランド出身の数学者スタニスワフ・ウラムが見いだした、外と内からの放射線による爆縮というアイディアで実現する。本書や「原子爆弾の誕生」で紹介されているウラムの様子は、同郷の作家スタニスワフ・レムの「天の声」の主人公のモデルになっているように思える(レムはアメリカに渡ったウラムから「サイエンティフィック・アメリカン」を送ってもらっていたということが「SFマガジン」2004年1月号のレム特集の記事に書かれている)。

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2008/03/18

「物理学者、ゴミと闘う」広瀬立成 講談社現代新書

 地球環境問題について、物理の熱力学第2法則(いわゆるエントロピーの法則)が有効な指針を与えるというのは、すでに槌田敦の「資源物理学入門」(NHKブックス、1982年)で、明らかにされてはいるのだが、一向に環境問題を考える人たち(特に、役所の環境問題担当の人たち)の共通認識になっていないように思える。物理的な基本法則から説き起こして書かれた、勝木渥「環境の基礎理論」(海鳴社、1999年)というきちんとした「教科書」もある。表題の本は、自身の地元で起きたゴミ問題に関わる中で、高エネルギー物理学者である著者が、この物理学からの環境問題への視点を一般向けに解説した本である。日本での環境問題の先端を走っていたこともある我が沼津市の、市長や市会議員のみなさんに是非読んで欲しい本である。高校生でも分かるように書かれたこの本を、環境問題についての怪しげな本を読むより先に、きちんと読んで欲しいのだ。

 この本を読んで分かって欲しい第1のことは、環境問題について何が怪しくて何が怪しくないかは、熱力学第2法則に照らし合わせれば、基本的には誰にも判断できる、ということである。とはいっても、色々な要素が絡み合っていて本質的に非線形な地球環境のことであるから、槌田敦ですら自分の主張を強調するために怪しいことを書いてしまう、実に危険な分野でもある。広瀬立成にしても、本当にそうなんですか、と問いただしたくなることを表題の本でも書いてしまっている部分がある。

 熱力学第2法則に基づく地球環境の理解の大事な部分というのは、エネルギーは太陽光線のエネルギーとして地球に入射し、それが地表面で色々なエネルギーに形を変えて、最終的に熱エネルギーとなり、水の存在で地球大気の上層から赤外線として、入射したのと同じ量のエネルギーが出ていくということであり、この一方通行のエネルギーに対し、物質は循環している、ということである。このエネルギーの流れと物質の循環に、人間がどのように関係してしまっているかが、環境問題を考える基本である。

 現在の地球環境問題というのは、人間が利用したエネルギーと物質がどうなっていくかを、きちんと考えることが必要なほど、人間の地球上での存在が大きくなってしまった、ということが最大の問題なのである。

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2008/03/17

C4のサスペンション

 Motor Fan illustraed vol.18のサスペンション・ウォッチングに、シトロエンC4とプジョー307の兄弟車が取り上げられていて、ダンパーのピストンのバルブの写真などがあり興味深い記事だったので、思わず買ってしまった。ストロークの長さとダンパーのピストン径の大きさが、国産同クラスより大きいという物理的事実がシトロエンやプジョー特有の乗りごこちにつながっているという、いわば、基本に忠実に作られているということが指摘されていた。本特集のプラットフォームの記事も面白い。

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2008/03/09

久しぶりに、アニメ関係の洋書を買った

 その1.Barry J C Purves著 Stop Motion(Focal Press 2008)
Stopmotion
 これは、以前書いたSASHAの人形の作者Sさんがイラストを描いている本である。Sさんは、広島のアニメフェスでであった人形アニメ(「ネクスト」「スクリーンプレイ」など)の作家である、この本の著者バリー・パーヴスのイギリスのスタジオに遊びに行ったりするほどの親交がある。Sさんからこの本の出版の話を聞いたときには、パーヴスが自身の作品について語っただけの本かと思ってた。ところが、古今東西の人形アニメやその周辺分野(人形劇や腹話術など)、さらには、人形アニメ製作の裏話について書かれている、これ1冊で人形アニメが良く分かる本であった。
Stopmotione
 「アニメの歴史について書かれた本では何故か、人形アニメが無視されている」と、この本の執筆の動機を語る部分では、その昔、ジョー・アダムソンが「TEX AVERY King of Cartoon」で「映画の歴史が書かれるときには、ドキュメンタリー映画については言及されるのに、何故かアニメーションは無視される」と書いていたのを思いだしてしまった。また、パーヴスを人形アニメの世界に誘ったのはレイ・ハリーハウゼンであったという話には、パーヴスはやっぱり自分と同世代であったのだなあ、と初認識。


その2.THE HANNA-BARBERA TREASURY(INSIGHT EDITIONS 2007)
Hbtreasury
 これは、SCMの新年会をやったとき、わいりーさんから教えてもらった本。所々にポケットがあって、動画用紙のコピーやらキャラクター・カードの復刻複製などが入っていて、楽しい。SCMの新年会でカラオケに行ったときに、「電子鳥人Uバード」(原題:BIRDMAN)を歌いたかったのに曲がなかったのが不満だったので、この本にBIRDMANの絵なんかがたくさんあって、ちょっとうれしい。
Hbtreinside


その3.Jerry Beck他著  The ANIMATED MOVIE GUIDE( A Cappella Book 2005)
Animov
 その2の本にも関わっている、アニメ研究家ジェリー・ベックが中心になって書かれた劇場用長編のガイドブック。ミシュランのように星印の数で評価されている。星4つが最高評価で、2つが水準作。日本の作品もたくさんある。パラパラ見た印象では、ディズニーと宮崎アニメの評価が高い、というある意味当たり前の評価である。しかし、例えば、日本では評価が高い「やぶにらみの暴君」、アメリカ公開タイトルThe Adventures of Mr.Wonderbirdやディズニーの「不思議の国のアリス」が星2つ半であるのに、「アラジン」が星4つというちょっと、不思議に感じる部分もある。
Animovinside
 面白かったのは、「ライオンキング」に対するコメントで、日本のマンガ・ファンから「ジャングル大帝」に似ているとクレームが付いたということを紹介している。この中で「ジャングル大帝」の作者を、Ozama Tekuzaとしているのだが、「クレオパトラ」や「千一夜物語」などの手塚作品の項目ではきちんと、Osamu Tezukaとしてあり、索引にもOsamu Tezukaで載っている。不思議だ。


その4.Jerry Beck著  LOONY TUNES THE ULTIMATE VISUAL GUIDE (DK Publishing,Inc. 2003)
 これまた、ジェリー・ベックの本。タイトルそのままでの本である。今まで出ていたワーナー漫画の本では大きく扱われていなかったマイナー・キャラも見開きページで大きく出ていたりして楽しい。なにより、英文が少ないのが良い。

Loony
Loonyinside

その5. Frank Espinosa文 San Wei Chan絵 Draw the Loony Tunes (Chronicle Books LLC 2005)

 副題にキャラクターデザイン・マニュアルとあり、これがこの本の内容を一言で示している。ワーナーが版権の総元締めのためか、ハンナ・バーベラのテレビアニメのキャラクターの絵も使われている。 これを見れば、バッグス・バニーを上手く描けるようになりそうだ。

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2008/01/20

「宇宙の果てまで」ハヤカワ文庫

 天文学者小平桂一による、ハワイのすばる望遠鏡プロジェクトの記録。小平桂一という天文学者がいることは、すばる望遠鏡建設計画が進行中の頃に知ったが、一時期NHKのニュース・キャスターだった小平佳子アネットの父だったというのは、この本を読んで初めて知った。すばる望遠鏡の予算獲得時に、娘がキャスターとして有名になったおかげで、自己紹介の手間が省けるようになった、という話は面白かった。こういうこの20年間での科学研究プロジェクトの話を読むと、その場に自分がいようと思えばいれたかもしれないのに、という思いがふつふつと沸いてくる。天文学者でなくとも、望遠鏡制作に関わる企業の技術者として、参加していた可能性もあるのである(実は、大学4年の時、某カメラメーカーの就職試験を受けて落ちた)。

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2008/01/16

40年の未読

 ガルシア=マルケスの「百年の孤独」を冬休みの間に読んだ。昨年、積読20年の「族長の秋」を読んで、マルケスの文体に絡めとられ、「百年の孤独」を読まずにはいられないという気持ちになり、昨年刊行されたマルケス全集版を購入したのであった。「百年の孤独」は1967年に発表されており、邦訳は1971年に刊行されている。その頃の私は、完全にSF少年であり、いわゆる文学の主流なぞには興味はなかったが、SFに近い文学の試みとして、なぜか、ル・クレジオの作品は読んだ記憶がある。そういえば、最近はとんとル・クレジオの話題を聞かないが、とっくに故人になってしまわれたのだろうか。同じ頃のフランス文学として、ミッシェル・ビュトールは「時間割」が文庫本で入手可能だ。「時間割」も改訳された現在の文庫本で読み直したいと思うのだが、いつになったら順番が来るのやら。「百年の孤独」は南米のある国のある町を開き、そして、滅亡させたある一家の100年間の物語である。語り部が話して聞かせる一族の昔話の「語り」を復活させた、リズム感のある文体が、やはり、いい。巻頭に、主人公の家族の家系図があるが、これは、読んでいてありがたかった。似たような名前の登場人物たちの関係や、だいぶ前に登場したが長いページ数に渡って触れられることがなかった人物がひょっこり帰ってくる(本当に、帰ってくるのである)ときに、こいつは誰だったっけ、と確認するのに便利だった。初訳が出た高校時代に読んでいたら、その後の私の人生は少し変わっていたかもしれないと思いつつも、その頃では、この物語の語り方が面白いと思えたかどうか。

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2007/12/31

2007年の本と映画

2007年に読んだ本

「虚数」S.レム
「真理を求めて」インフェルト
「新しい電池の科学」梅尾良之 講談社ブルーバックス
「トラストDE」Y.エレンブルグ
「妖星伝魔道の巻」半村良
「新しい高校化学の教科書」講談社ブルーバックス
「キマイラ」J.バース
「大失敗」S.レム
「新しい高校物理の教科書」講談社ブルーバックス
「砂漠の惑星」S.レム
「異邦からの眺め」F.ロッテンシュタイナー編
「ブラーズ・オブ・ザ・ヘッド」B.オールディス
「高い城 文学エッセイ」S.レム
「蟻塚の中のかぶと虫」ストルガツキー兄弟
「大都会」L.ラードナー
「東欧SF傑作選上」創元文庫
「ゲージ場の理論」岩波講座現代の物理学
「壺を抱いたネコニャ」柊あると
「幻の下宿人」R.トポール
「地球惑星科学入門」岩波講座地球惑星科学
「魔法」C.プリースト
「奇術師」C.プリースト
「全地球凍結」川上紳一
「深海のパイロット」藤崎、他
「双生児」C.プリースト
「最後から2番目の真実」P.ディック 創元文庫
「素粒子」M.ウエルベック
「ある島の可能性」M.ウエルベック
「生物と無生物の間」福岡伸一
「地球システム科学」岩波地球惑星科学講座
「ワープする宇宙」L.ランドール
「クルマでわかる物理学」古川修
「経路積分の方法」岩波講座現代の物理学
「地球環境論」岩波講座地球惑星科学
「現代物理最前線5 4次元を超える時空と素粒子、他」共立出版
「富士山噴火」鎌田浩毅
「族長の秋」ガルシア=マルケス
「照葉樹林文化とは何か」佐々木高明
「地震の日本史」寒川旭
「アインシュタインの夢」A.ライトマン
「東欧SF傑作選下」創元文庫
「日本人はどこから来たか」樋口隆康

 授業で地学分野を教えることになったので、そのために読んだ本が多い。このペースじゃいっこうに積読状態解消せずだなあ。SFでは、レム、オールディス、プリーストという御贔屓作家の新作が読めたことが一番。


2007年に見た映画
 劇場で見たもの
「プレステージ」(ジョイランド沼津)
「河童のクゥと夏休み」(ジョイランド沼津)
「アーサーとミニモイの王国」(ジョイランド沼津宝塚劇場)
「トランスフォーマー」(ジョイランド三島シネマ2)

 ビデオ、DVDなどで見たもの
「裸足の1500マイル」
「夢のチョコレート工場」
「間宮兄弟」
「アーリャマン」
「喜劇王」
「テルミン」
「トランスポーター」
「ならず者部隊」
「栄光のジャングル」
「スクリーマーズ」
「コンゴ」
「ギター弾きの恋」
「おいしい生活」
「スコルピオンの恋まじない」
「リトルヴォイス」
「万事快調」

 なんと、映画館に4回しか行かなかった! 録画したビデオの山もいっこうに減らない。ゴダールの「万事快調」を見ているときに(暇がないので、いっぺんに見ることが出来ず、1週間位かけて少しづつ見ていた)、NHKのBSで昨年亡くなった実相寺昭雄の番組をやっていて、やっぱり実相寺はゴダールの影響が大きかったなあ、と確認できた偶然に驚いた。

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2007/10/27

はるかな星がふるさと、か

 今朝の朝日新聞の土曜版「be on Saturday」を見たら、1面トップに、宇宙の彼方に消えた恋、その下の写真が円谷プロの怪獣倉庫の写真、モロボシダンと友里アンヌ「ウルトラセブン」と続いていて、普段は写真を見て終わりにしているのに、今回は記事を2面まで読んでしまった。いわゆる円谷ファンには既によく知られている内容でしかなかったが、30年前に何度か祖師ヶ谷大蔵に足を運んだことを思いだした。

 それは、円谷プロの電話番号が分かったので見学したいと電話してもらえませんかとサークルの後輩に頼まれたことから始まった。意を決して電話したら、電話口に出たのは今日の朝日新聞の記事にも出ている満田かずほ(字が出ない。禾齊という字です。)さん。その時には、まだ円谷プロ関係の本など出ておらず、満田さんが「ウルトラセブン」などの監督をしていたなどとは、私は知らなかった(番組のタイトルで見てはいたのだろうが、小学生がそんなスタッフ名を気にとめることなどなかった)。ただの営業事務の担当者だと思って、こちらの見学の意向を伝えた。そしたら意外にも、すんなりとこちらの希望通りに話が進み、見学できることになった。その時に怪獣倉庫や東宝ビルドの撮影の様子(「アイゼンボーグ」を撮っていた)を見せてもらった。

 この最初の見学のおみやげに、「ウルトラマン 電光石火作戦」の白黒16ミリ・フィルムをもらった。これは今、私の手元にある。旧作のフィルムを借りられることも分かり(もちろん有料。確か30分番組のフィルム1本で1万円だったと思う。)、大学祭での上映会のために借りるようになった。金のない大学生であったので、サークルの仲間それぞれが自分の見たい作品を1つ選んで出資し、代表が集めたお金を持って祖師ヶ谷大蔵に行きフィルムを借りてきた。暗くした中で見る「怪奇大作戦」の実相寺昭雄監督作品などは、TV放映時には気付くわけもなかった映像の凝り方にうなったものであった。(ビデオ普及以前には、どこからかフィルムを借りてくる以外に、作品を見直す手段はなかったのである。)

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2007/10/18

「クルマでわかる物理学」古川修 オーム社

 「大学生から技術者まで楽しく学べる物理の教科書」とサブタイトルがついているが、高校生でも興味があるなら読めるのではと、思いつつ読んだが、高校で習う微積分と物理のある程度の知識は前提としている。そのため、理工系出身でないクルマ好きに薦めるのはちょっと躊躇してしまう本だ。クルマを物理の基本法則から知りたいという人には薦められる本だ。

 著者は、ホンダに25年間勤め、プレリュードの4WSの開発等を担当したのちに、芝浦工業大学の教授になったという経歴なので、ホンダ提供の図があったり、自動車の開発現場の話が囲み記事で章の終わりにあったりして、通常の大学の理工系向きの物理の教科書よりも、自動車好きには興味が持てる。力学、熱力学、電磁気学、そして、最後には特殊相対論まで解説している(GPSを取り上げて一般相対論まで解説していたら、もっとすごいのだが)。私にとっては古典物理学の復習、特に、高校では扱わない回転運動に関する部分は、良い復習になった。

 5章(全部で6章立て)の「クルマの性能」が、私には初見のクルマに特有の物理学で、このようにハンドリングやサスペンションの評価をモデル化するのか、と興味深く読めた。ただ、この章になって初めて出てくるドットを使った時間微分の表記がまったく説明されていなかったり、物理的には?な用語の使い方が少しあって気になった。

 自動車ではタイヤが大事ということを読み終えてつくづく思う。C4のタイヤもそろそろ別なものに替えようかなあ、という気持ちがわいてきた。

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2007/10/16

ブレーンズヴィルのリサは天才!

 リサ・ランドールの「ワープする宇宙」(原題を忠実に訳すと、曲がった余剰次元)を読み終えた。第1次超ひも理論革命時代の「超空間」(ミチオ・カク)、第2次超ひも理論革命時代の「エレガントな宇宙」(ブライアン・グリーン)に続く、極微の世界と極大の宇宙をつなぐ最新物理理論の立役者による数式なしの解説書である。文字だけで、本来数学を駆使して表わされる抽象的な多次元空間の話をするんだから、読者にも労力を強いる内容である。それを少しでも飲み込み易くするために、各章の最初に、ポップスやロックの有名な曲の歌詞が引用され、著者による「不思議の国のアリス」のような短い物語が置かれている。これは、なかなかいい試みだ。

 不覚にも、ランドールの理論の存在を私は知らないでいた。ラマン・サンドラムとの論文が1999年に発表され、2001年にはその内容が「現代物理学最前線5」(共立出版)で解説されている。20世紀までの私であったら、少なくとも「現代物理学最前線」を見つけてすぐに買っていただろうに、と思う。もっとも、この時期、公私共にいろいろあったので、物理の最先端に対する興味をやや失っていたことは確かだ。こんなにエキサイティングな5次元世界があることを、知らないでいたのは、ちょっと悔しい。超ひも理論は現実的な実験可能な範囲での予言は全く出来ていないのだが、5番目の空間次元の存在は、もう少ししたら加速器実験で到達できるエネルギーでの新粒子の出現を予言している。となると実験物理屋さんも注目するわけで、今一番の話題となるのも無理はない。次元の概念が揺らいでいるという解説も、目から鱗である。

 

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2007/10/10

ブルータスの真相

 ポパイのライバルは、ブルートである。ところが、このブルートという名前が途中でブルータスに変えられた。この変更の理由として、どこで誰が書いたのかもう忘れてしまったが、ディズニー・プロから犬のプルートに似ているとクレームがついて変更になった、というのを読んだ記憶がある。ところがである。読もうと思っていたが放り出したままになっていた”Popye:An Illustrated History”(Fred M. Grandinetti;1994)を何の気なしにパラパラめくって、目に留まったページを読んだら、次のように書いてあったのだ。

 (「ポパイ」の権利を持つ)キングフィーチャーが1960年に「ポパイ」のテレビアニメ版を制作しようとした時に、ブルートはフライシャーやフェーマス・プロ制作の劇場版「ポパイ」のアニメに出てきたキャラクターで、その権利はこれらの漫画映画を公開していたパラマウント映画にあると誤解して、ブルータスに変えてしまった。実際には、キングフィーチャーが権利を持つセガーの原作漫画に先にブルートが登場していたにもかかわらず。

 さらに驚いたのは、この1960年の「ポパイ」のテレビアニメ版は、ジーン・ダイッチやハラス=バチェラーが実際の製作に関わっていたこと。買ったときに、多少とばし読みでも良いから目を通しておくべきだった、とつくづく思う。

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2007/09/22

TOON GUIDE4 発売中

 私が参加している同人誌TOON GUIDE4が発売中です。「たのしい北朝鮮アニメ」「FUTURAMA」が私的にはうれしい記事です。以下宣伝です。


★主な内容
ティーン・タイタンズ/スターファイアー役の声優・月本皇子さんロングインタビュー。
小特集「ティーン・タイタンズ 東京で大ピンチ!」「ハンナ・バーベラ追悼」「トータリー・スパイズ!スパイアイテム中百科」「たのしい北朝鮮アニメ」
イラストコラム「FAMILY GUY」唐沢なをき&よしこ
作品解説「FUTURAMA」「リブート」「トランスフォーマー・ザ・ムービー」他

同人誌通販エルエルパレス
http://www.llpalace.com/

まんだらけ通信販売
http://ekizo.mandarake.co.jp/shop/ja/search.do?action=itemMaker&makerId=001358&withA

出版評論社NetShop
http://bestseller.shop-pro.jp/

にて通販開始しました。
コミケで買えなかった方はこちらでどうぞ。

また大阪・日本橋/おたくの殿堂で店頭販売しております。
日本橋にお越しの際はぜひお立ち寄り下さい。
http://www.otaden.com/

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2007/08/30

「生物と無生物のあいだ」福岡伸一 講談社現代新書

 その昔、高校1年生の生物の最後の課題に「生命とは何か」についてレポートを書けというのがあった。何故、そんなことを今でも覚えているかというと、このときに、量子力学の立て役者シュレーディンガーの「生命とは何か」を読んで、「生命は負のエントロピーを食べて生きている」という見方にショックを受けたからだ。表題の本でもシュレーディンガーの「生命とは何か」を第8章で取り上げている。この本を買って読むことにした最大の理由が、このシュレーディンガーへの言及である。

 シュレーディンガーが「生命とは何か」を発表する少し前に、シェーンハイマーが生物を構成する分子や原子が恐るべき速さで入れ替わっている、という重大な発見をする。このことは、生命を理解する上で大切なことであるが、高校の教科書でもさらりと触れられているだけで、一般にはきちんと理解されていない。だから、コラーゲン不足の人間にコラーゲンを摂取させればいいというようなシェーンハイマーが発見したことと矛盾するCMがまかり通ってしまう。福岡伸一は、本書で、このシェーンハイマーの発見をページを割いて説明し、「生命とは動的平衡にある流れである」という生命の定義を与える。この定義の与え方は、シュレーディンガーを非常に意識したものであるように思える。

 「動的平衡にある流れ」というのは、私が大学を出たあたりから物理系の各分野で重要なテーマになっていたように記憶する。このことを熱力学的に取り扱った有名なプリゴジンの本を読んだこともある。宇宙物理学や地球物理学などでも大切な概念である。時間スケールは生物とは違うが、地球も宇宙も動的な平衡にある流れ中で今ある形として存在している。いわゆる環境問題も地球環境の「動的な平衡にある流れ」をきちんとおさえないと正しい議論は出来ない(ちなみに、地球環境の「動的な平衡にある流れ」に直接影響を与えるのは、二酸化炭素の濃度よりも、太陽エネルギー起源以外のエネルギーを人類が多量に使うことである。したがって、現在の環境問題を真摯に考えるなら、原子力は使用を止めるべきエネルギーの筆頭になる。私が太陽光発電システムを自宅に付けたのはこの理由のためである)。物理的には「秩序ある存在は動的な流れの中にしか永続できない」といってもいい。この立場からすると、生命と宇宙や地球との違いは、流れの時間スケールの違いでしかない。私は物理の立場の人間だから、生命に対するこの捉え方は特に違和感はないが、生物学に中心にいる人たちには異論もあるのではないだろうか。

 「動的平衡にある流れ」により、生物のやわらかな適応力となめらかな復元力の大きさを福岡は説明できると考えており、生命は機械でないと自己の研究から明言しているが、これは、私には、「動的平衡にある流れ」のもつ非線形性のためであるように思われる。私たちは現在、線形応答する機械しか作れないから、本質的に非線形な機械が作れるなら、それは生物の特徴を持つ物になるということを否定することはできない。したがって、生命は機械ではないという命題の真偽はまだ明らかではない、というべきだと、私は思う。

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2007/07/21

「ある島の可能性」読了

 ウエルベックは、この作品で、理性の方向にのみ進化した新人類を登場させている。その一方で、現代および近未来を生きるダニエル(ネオ・ヒューマンの呼び方ではダニエル1)を性の快楽に取り憑かれたような男として描いている。この対比は「素粒子」における弟と兄の対照と同様である。この作品でも仏教の経典からの引用があるが、聖と性を合一した真に解脱した未来人の姿はない。レムもそうであるが、ヨーロッパの知識人というのは、知性と理性にだけ進化の方向があるように考えているのではないかと思ってしまう。このへんに「ある」か「ない」かの二分法が基本になっているヨーロッパのキリスト教的知的伝統を感じると同時に、仏教に憧れながら(あるいは、仏教的な考え方を支持するかのような量子力学を受け入れながら)、存在と非存在を同一の状態であると見なす境地には、我々日本人のように簡単に達しないのではないかとも思うのである。

 ところで、ネオ・ヒューマンは遺伝的には我々人類とほとんど同一のなのだが、人為的に、つまりは遺伝子操作で独立栄養生物化している。つまりは、植物化した人間である。植物的な生き方が、真にエコロジカルな生き方であるという主張を何処かで読んだ気がするが、ウエルベックは、この小説中で、エコロジストを痛烈に批判している。と同時に、このような新人類を生み出したのが、とある新興宗教(ちゃんとモデルになった新興宗教が実在しているそうだ)であるというのは、実にありそうである。

 この小説の最後で、ネオ・ヒューマンのダニエル25(ダニエルの遺伝子を引き継ぐ25代目)が荒廃した地球を冒険して回るのだが、これはレムの「宇宙からの帰還」のラストを連想させた。「素粒子」の終わり方よりも、妙な爽快感があった。

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2007/07/15

素粒子論

 以前から気になっていたミシェル・ウエルベックの「素粒子」を読み、現在、その続編とも言われている「ある島の可能性」を読んでいる。

 「素粒子」は作者の自伝的要素があるため、私と同世代の兄弟が主人公である。弟の方が大学で物理を学んだ後分子生物学に転身したという研究者で、1980年前後の物理学の話題が出てくるし、タイトルからも分かるように量子力学の基本概念が所々で登場する。フランスと日本の違いはかなりあるが、いろいろなところで、ああ、その頃はそうだったなあ、と思う。

 読み進めていくと、399ページから(文庫版)完全にSFになる。途中から、いったいこの2人の兄弟の人生を書いているのは誰なのだと考えさせられるようになり、分子生物学に関する話題が現実よりもフィクションの度合いが多くなってSF的になってきたぞと匂わせているのだが、この展開は案外唐突である。

 兄の高校文学教師は、そばに自分を愛してくれる女性がいないと精神的に実に不安定になってしまうのが、単独で存在すると直ぐに崩壊してしまう中性子のようで、一方弟は、かたくなに自分一人の生活を続けるのが、宇宙の年齢の何倍もの寿命を持つ陽子のようである。高校時代まで兄弟として一緒に暮らし、その後、お互い何の連絡もなく別々に暮らしていても、一方がこうであるなら、他方はこうであろうと、すぐわかってしまうのは、まるで、アスペの実験である。

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2007/06/24

1941分かれ道

 クリストファー・プリーストの「双生児」を読み終えた。「逆転世界」を思わせる最終ページのどんでん返し。しかし、これは、「逆転世界」やディック作品のように単純ではない。「奇術師」と似た構造ではあるが、謎解きだけの物語ではない。それはある意味どうでもよいことだ。アニメ版「時をかける少女」を歴史上の大分岐点でやっているだけと言ってしまうこともできる。チャーチルやルドルフ・ヘスの事を良く知っている歴史好きには、いかにもありそうなことだと思わせる筆力の確かさと凄さ。できのいいアヴァンギャルド映画を見たような読後感もある。ビュトールの「時間割」やダレルの「アレクサンドリア四重奏」も連想させる。物語を物語るということはどういうことなのかを意識せずには、小説を書けない時代の小説である。したがって、好きな人間(たとえば私)にはたまらないが一般には余り受け入れられるとは思えない小説だ。オールディスの「ブラザース・オブ・ザ・ヘッド」(おっと、これも双子の物語だった!)も映画化されたお陰で翻訳出版されたが、この「双生児」も「奇術師」の映画化のお陰で出版されたと考えるべきで、「プレステージ」様々である。

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2007/06/16

2人のクリストファー

 映画「プレステージ」を見た。クリストファー・プリーストの原作から、二人の魔術師の確執だけを取り出して、クリストファー・ノーランが映画化している。そうなると、ヒュー・ジャックマン演じるアンジャーが追い求めた、ライバル・ボーデン(クリスチャン・ベール)の秘密が、この映画の結末を話さないで下さいと指示される秘密である。その秘密を原作で知ってしまっているわけだから、私のこの映画への興味は、結末をそうだったかと納得させるための伏線の貼り方に、どうしてもいってしまう。何と、冒頭から、ほのめかしの映像だらけである。

 この映画を見に行って、驚いたことが二つある。映画の結末に驚いたのではない。映画館に入ったら、土曜日の夕方からの回だというのに、他にお客さんがいない。始まる直前になってもう一人入ってきたが、それ以上客が来ない。何だか、20年以上前にもどったみたいだ。「旅芸人の記録」などをほとんど貸し切りで見た頃だ。次の驚きは、「プレステージ」の上映が始まって、タッチストーンのロゴが出た後、ワーナーのWB盾マークが続いて出たことだ。ディズニーランドにバッグス・バニーがいたような衝撃!
 

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2007/06/10

近頃なぜか、プリースト

 一台の古いシトロエンが縁石のそばに駐まっており、雨に煙っていた。ラジエター・グリルについている重なったふたつの逆さVの字が、レストランの赤く輝く照明を照り返している。  「魔法」(ハヤカワ文庫)古沢嘉通・訳

 クリストファー・プリースト原作の映画「プレステージ」が公開されている。新作の「双生児」も翻訳出版された。一時期、全くなにも訳されされない時期が続いたのが、嘘のようだ。それで、積読状態の中から「魔法」と「プレステージ」原作の「奇術師」、そして、新刊の「双生児」の順に読むことにした。映画を見る前に原作を読んでおきたいということでもある。

 海外SF作家の中で、作品が出版されたら必ず買ってしまうのは、ディックとレムとオールディスと、このプリーストの4人しかいない(というか、SF乱読の末に、この4人が残った、というべきか)。

 このところのプリースト作品を訳している古沢嘉通氏とは、実は、30年前に、ある人を通して、SFはどうあるべきか、ということについて手紙のやりとりで論争したことがある。今思えば、SFに期待するところが彼と僕とで似ていたからお互いに突っかかり合ったように思う。それから4半世紀以上経って、彼が僕の読みたいSFを一番訳してくれている人になっているというのが、その最大の証拠だ。

 最初の出版時に全くその存在に気が付かず、2年前に文庫本化されたときに見つけてあわてて買った「魔法」は、プリーストを絶賛しているジョン・ファウルズの「魔術師」(河出文庫あたりで再刊して欲しい)を読んでいて思い出させた。それは。タイトルの共通性というよりも、愛し合う男女の心が、一人の超自然的存在の男によって、だんだんと引き裂かれていってしまうという共通性である。久しぶりに一気に読んでしまった。

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2007/06/06

柊あると「壺を抱いたネコニャ」(新風舎文庫)

Hiiragi
 突然、30年近くの知人ではあるが、遠くに住んでいるために、今では、年賀状のやりとりしかしていないMJさんから、表題作を出版したからと、本が送られてきた。あまりに突然すぎたので、本当にビックリしてしまった。創作活動を続けていたのね。

 早速読んでみた。初めてあった時の夢見る少女のような作者のイメージが記憶に残っているので、タイトルの「ネコニャ」から、ファンタジーでも書いたのかなあと思って読み始めたら、全然違う。大人の女の生理が吐露されている部分があって、ここでもビックリ。ちょっと彼女の同居人氏(プジョー206に乗っている)のことも想像して、ムフフと思ってしまう。ただ、主人公の男女の関わり方は、わが家に似ていて、少々身につまされる。同居人の冬の電気毛布替わりになっているのは、全く同じだ。

 日の当たる暖かい部屋に寝そべってピアノの演奏を聞きながら読書するという、ネコニャと呼ばれる、主人公の恋人の男の行動は、実際にはできない。何故かというと、私もそれをしてみたくてピアノ弾きの妻と一緒になったが、狭い日本家屋の、それも防音設備をした部屋では音がこもって、モーツアルトの子守歌であってもうるさくて、本など読んではいられない。これは体験談である。読書するなら、ステレオで適度な音量にして聞くのが一番である。

 登場人物も少なく、舞台もほとんど1軒の家ですんでしまうので、自主映画の原作になるなあ、とも思う。私がシナリオ化するなら、ネコニャの正体はもっと謎のままにして、見た人が後で色々想像する余地を残す、かな。

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2007/02/28

オールディス「ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド」読了

 レムの「大失敗」についてネットで検索しているときに、ブライアン・W・オールディスの新作が河出文庫から出ていることを知った。実のところ、一番好きな作家と聞かれれば、このオールディスなのである。で、早速入手し読んだ。腰のところで癒着している双子(いわゆるシャム双生児)のトムとバリー(なんか「トムとジェリー」のもじりのようだ。喧嘩ばっかりしているし)の物語で、オールディスらしい遊び心があり、面白かった。

 何を突然、オールディス作品が出るのかと思ったら、キース・フルトン&ルイス・ペペにより映画化されて、この1月から日本公開されているのに合わせて出版されたということだ。「A.I.」と同じパターンである。映画化作品以外、「マラキア・タペストリ」以降の新作が翻訳されていない状態がオールディスについては続いていて、実に残念だ。サンリオ文庫で出版予定があった「80分時間」やヘリコニア3部作を、早く出して欲しいと思う。

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2007/02/19

レム「大失敗」読了

 傑作である。レムの集大成というか、原点に戻って「金星応答なし」で不備だった部分を洗いなおして書いた小説であるように思われる。「泰平ヨンの現場検証」に出てくる、徹底した相対主義に立つ科学哲学者ファイヤアーベント(およそ25年位前、日本でも村上陽一郎が精力的に紹介していた)を越えようとした思考の産物であるようにも思える。ちなみに、ファイヤアーベントが批判したラカトシュの名が、本書では登場人物名として使われている。また、ヒロシマ以後の科学技術のあるべき姿を、やはり、レムは一番気にしていたように感じる。

 ブラックホールを利用した時空旅行が、ファーストコンタクトを可能にするSF的仕掛けの肝になっていて、いわば、時間軸方向へのスイングバイという方法なのだが、これが、そういう発想もあったか、ということで面白かった。しかし、このあたりの科学用語・擬似科学用語入り乱れての説明の翻訳に疑問を感じた。自分が推測した元ネタの宇宙物理学等の理論から考えると、レムがこんなに中途半端な理解で専門用語を使ったり、それをもじったような用語をひねり出したりはしないはずだ、という感覚がつきまとうのである。レムが構想したはずの、書かれた時点での科学理論から最も妥当な恒星系のイメージや時空を超える旅の説明が、どうにもピンとこないのである。
 さらに、目的のクゥインタ星に近づき、コンタクトを試みた部分で、邦訳の前後の文章から明らかに誤訳とわかる部分を見つけた。「受胎告知」の223ページ、「地子(テラトロン)型エンジン」である。テラトロンを陽子(プロトン)や中性子(ニュートロン)と同様に作られた言葉と勘違いして「地子」と訳されているが、「~tron」は加速器(サイクロトロン、シンクロトロンなど)に使われる言葉であって、素粒子の「~子」は「~on」である。巻末のこの言葉の訳注にある中間子mesotoronは、中間子論を湯川が発表してごく初期に使われていただけで、加速器に「~tron」を使うようになってからは、メソンmesonである(加速器の発明と中間子論の発表はほぼ同時)。だから、この訳語は、カタカナで「テラトロン」が良いのである。テラトロン型エンジンの説明がその数行後からでてくるが、「数兆電力(テラワット)の消滅エンジン」「地子(テラトロン)の場を反転できる。そして、電極をショートさせれば」「兆電圧(テラボルト)を持つ核子を自分に撃ち込んだ」という説明はすべて、テラトロンが加速器から発想されたものを完全に示している。
 また、この同じ章の226ページに「カー効果」に「(物質の屈折率が~)」とわざわざ訳注がつけられているが、このあとの文章とのつながりを考えると、この「カー」は、屈折率の変化に関する研究をしたジョン・カーではなく、一般相対論のカー解のロイ・カーと考えるべきである。超小型のブラックホール(あるいは時空の特異点)が生成されたことになっているわけだから。この「カー効果」は、レムの創作である。


 巻末に詳細な訳注というか、この作品に出てくる固有名詞の由来の解説文があるのだが、訳者が物理学方面には詳しくないためか、私から見ると不思議な説明も少しあるので、気がついたところを以下に記す。

 まず、日本人物理学者のナカムラだが、湯川秀樹の直弟子に中村誠太郎という、この1月末に亡くなった、物理関係では良く知られた研究者がいる。湯川の中間子論(レムは、この湯川の考え方を「絵物語」の章で要約してみせている)を発展させた2中間子理論などの業績で、もちろん、海外でも知られている。ユカワでは余りに有名すぎるから、その弟子の名前を探し出してきて使った可能性も考えられるのである。もちろん、訳者が指摘しているように、歌舞伎との関連も意識して選ばれたのであろうことも、想像に難くない。

 次に、カーとラーマンについて。カーは「カー効果」のジョン・カーではなく、「カー解」のロイ・カーであるべきだということはすでに書いた。不明となっているラーマンRahmanの方は次のように考えられる。確かにRahmanという物理学者はいないが、Ramanなら有名なインド人学者がいる。「ラマン散乱」あるいは「ラマン効果」のチャンドラセカール・ラマンである。つづりにhのあるなし程度の違いは他の人物名では考慮して元ネタ探しをしているのに、なんでこんなに簡単に気がつく人物名を探せなかったのだろう? そして、さらに、この件はこれで終わらず、別の人物も連想されるのである。それは、ラマンのおいの白色矮星の質量限界を見出したチャンドラセカールである。「大失敗」の内容を考えたら、おいの方のチャンドラセカールを先に思いついたが、カーと並べるとあまりに直接的過ぎるんで、ラマン、さらに、ラーマンと変えたのではないか。

 ホーレンバッハという名前だけを考えていると、誰をもじったか分からない物理学者名は、語感からはハイゼンベルグを、「ホーレンバッハ領域」等の用語の使い方からは、ホーキングを連想させる。そういえば、ホーキングが世界的に注目されるようになったのは、「大失敗」が書かれた頃だった。

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2006/12/31

2006年に読んだ本

 「聖なる侵入」P.K.ディック
 「ティモシー・アーチャーの転生」P.K.ディック
 「シリウス」O.ステープルドン
 「エジソン」N.ボールドウィン
 「アルベマス」P.K.ディック
 「光学の原理Ⅰ」M.ボルン&E.ウォルフ
 「公共のための科学技術」
 「視覚世界の謎」山口真美
 「セカンドクリエイション 上下」R.P.クリース&C.C.マン
 「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」P.K.ディック(再読)
 「沈黙の惑星より」C.S.ルイス
 「クォークはチャーミング」S.グラショウ
 「火星のタイムスリップ」P.K.ディック(再読)
 「神がつくった究極の素粒子 上下」L.レーダーマン
 「パーマー・エルドリッチ三つの聖痕」P.K.ディック(再読)
 「超空間」K.ミチオ
 「エレガントな宇宙」B.グリーン
 「日本沈没第2部」小松左京&谷甲州
 「果てしなき流れの果てに」小松左京(再読)
 「逆まわりの世界」P.K.ディック(再読)
 「ユービック」P.K.ディック(再読)
 「流れよ我が涙、と警官は言った」P.K.ディック(再読)
 「金星応答なし」S.レム
 「物理学のすすめ」R.レネゲット
 「時は乱れて」P.K.ディック(再読)
 「光学の原理Ⅱ」M.ボルン&E.ウォルフ
 「死の迷路」P.K.ディック
 「死の迷宮」P.K.ディック(再読)
 「はじめての超ひも理論」
 「暗黒宇宙の謎」
 「ソラリス」S.レム
 「泰平ヨンの未来学会議」S.レム
 「新しい高校地学の教科書」杵島正洋&松本直記&左巻健男
 「シトロエン 革新への挑戦」J.レイノルズ
 「世界を変えた日用品」
 「泰平ヨンの現場検証」S.レム
 「ファインマン・プロセッサ」
 「完全なる真空」S.レム
 「原子の探求」A.コンプトン
 「光学の原理Ⅲ」M.ボルン&E.ウォルフ

 P.K.ディックとS.レムを消化するのが本年の目標だった。レムは現在「虚数」を読んでいるところで、これを読み終われば、とりあえず買ってあるレムの単行本はすべて読んだことになる。それ以外の本は、仕事の参考書みたいな物ばかり。大学を出る頃買ったボルンの古典光学の教科書(「光学の原理」全3巻)を、今になって読んだけど、これはすごい本だ。もっと早くに読んでおくべきだった。カメラのレンズ設計にも触れていて、カールツアイスのプラナーやゾナーのレンズ構成の図なんかが書かれていて、ここだけでも参考になる。一方がっかりだったのは「ファインマン・プロセッサ」。これはいわゆる量子コンピュータの紹介本である。量子コンピュータのアイディアのキモである量子力学の特徴を説明した部分、特に、アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックスの解説のあたりはよいのだが、肝心の量子コンピュータに応用する部分になると、途端にわかりにくくなる。可能性の探求としては面白いが、実現はできなさそうな話である。多元宇宙での並列計算などという眉唾な話は出てこないのが岩波書店の本らしい。

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2006/10/28

完訳ソラリス

 レムの「ソラリス」(国書刊行会)を読み終えた。「ソラリスの陽のもとに」(早川書房)で読んだのは確か中学3年生くらいで、ディックの諸作を読んだときよりも前だが、記憶には良く残っていることを、まず確認した。また、タルコフスキーの「惑星ソラリス」のイメージも読みながらわいてきて、タルコフスキーがかなりの部分原作に忠実であったのだと感じた。今回完訳版で読んで、早川版で削除されていた部分で、「ソラリス」という作品の全体の印象が極端に変わるということはなかった。ソラリスの海のいろいろな変化の描写が、太陽のフレアの形態の描写を連想させたこと、ハリーが19歳という年齢であったことが、今回、読んでいて感じたことであった。特に、後者は、こんなに若い年齢設定だったんだ! って驚いてしまった。タルコフスキーの映画のハリーはどう見てもそこまで若くはないんで、映画のイメージの方が強く記憶されていたためだろう。レムの方が、ディックより、文章が難しく、段落も切れずに長いのだけれど、読み手の自分との相性はいいように感じられたのが面白かった。

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2006/09/25

レムの「白鯨」

 スタニスワフ・レムの「金星応答なし」完訳版を読んでいないことに気付き、「ソラリス」(新訳版)を読もうと思っていたのを止めて、このレムの処女作を先に読み終えた。早川SFシリーズ版(抄訳)で読んだのは遙か昔だし、訳されていなかった部分も多いので、まったく初めて読んだのと同じである。その後のレムの諸作品のアイディアがいくつも使われているということよりも、ハーマン・メルビルの「白鯨」のような構成になっているのが面白く感じられた。「白鯨」において当時の捕鯨の様子が詳細に説明されているのと同様に、金星に行くことについての、特に、ロケットと航行を制御するコンピュータの説明にかなりの分量が尽くされている。その後、ロケットのパイロットの日記の形式で、金星での出来事が描写されるのも「白鯨」に似ている。誰だったか忘れたが、「白鯨」をSFの源流の一つにあげている評論家だったか作家がいたけれど、レムも評論では「白鯨」に言及しているようだ。

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2006/09/04

同人誌「TOON GUIDE3」通販開始

 私が関わったカートゥーンの同人誌「TOON GUIDE3」が、以下のところで販売されています。古い作品から最新作まで、貴重な情報が満載です。自分にとっては、追いきれなくなってしまった新作について、若い人が色々調べてくれて書いてくれているのが、役に立っています。

<通販>

まんだらけ通信販売
http://ekizo.mandarake.co.jp/shop/ja/search.do?action=itemMaker&makerId=001358&withA

同人誌通販エルエルパレス
http://www.llpalace.com/

出版評論社NetShop
http://bestseller.shop-pro.jp/

<店頭販売>

東京・秋葉原/海洋堂ホビーロビー東京
http://www.kaiyodo.co.jp/kaiyodo_HB/TK_topics/

大阪・日本橋/おたくの殿堂
http://www.otaden.com/

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2006/08/02

果しなき流れの果にはエレガントな超空間が

 小松左京「果しなき流れの果に」の再読を終えた。SFでいうところのパラレル・ワールドをすべて俯瞰できる立場(多次元宇宙の存在)がでてくる。このあたりの説明は、超弦(超ひも)理論の10(または11)次元の話を連想させる。もちろん、小松左京が本書を書いたときには、超弦理論はまだ産まれていないから、あくまでも、パラレル・ワールドSFのアイディアの発展形であり、超弦理論を予見していたというわけではない。当時は未訳だったオラフ・ステープルドンの「最後にして最初の人類」に似た発想である。ただし、ステープルドンは、我々の住むたった一つの宇宙の歴史と人類の段階的発展を描いただけで、小松左京の方があらゆる歴史の可能性を考えている分、発想として大きくなっている。本書のあとがきで、更に大きな時間スケールの小説を書きたいと、小松は書いているが、それは実現されていない。超弦理論や量子力学の多元宇宙解釈という魅力的な理論が物理学に存在している現在、これらの理論をもとに世界を構築して書いたらステープルドンの「スターメイカー」を超える壮大なSFが生まれそうな気がする。

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2006/07/29

日本沈没第2部

 33年ぶりの続編である。正直、もう33年たってしまったのか! である。小松左京のアイディアをもとに、実際の執筆は谷甲州がしている。谷甲州の作品は今まで読んだことはない。だから、どこまで谷甲州なのかは分からない。ただ、小松作品であるなら、もう少し男女のロマンスの要素があったのではないかと思う。科学者や政治学者の一般向け解説論文を読んでいるような気になってしまう部分もある。終章の最後にきて、これは、「果しなき流れの果に」だ、と思い、日本SFシリーズ版を引っ張り出して確認した。それで、「果しなき流れの果に」を最初から読み直したくなって、今読んでいる。正直言って、「果しなき流れの果に」の方がスケールが大きく、面白い。

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2006/03/29

訃報は続く

 27日の夕刊で、映画監督のリチャード・フライシャーが亡くなったのを知った。私が小学校時代に見た字幕の洋画は、「海底2万マイル」「ミクロの決死圏」「ドリトル先生 不思議の旅」の3本で、後に、この3作すべてがリチャード・フライシャーの監督作品であったことを知り、驚いた。さらに驚いたのは、家にテレビがきたばかりの頃、毎週日曜日楽しみに見ていた「ポパイ」のアニメを作っていたのが、リチャードの父と叔父のマックスとデイブだったこと。昨年、リチャードが父親についての本「Out of the Inkwell MAX FLEISCHER AND ANIMATION REVOLUTION」を出版したので、これを手に入れ、そろそろ読もうかと思っていた。また、WOWOWなどで放送されてビデオに録画していた上記の3作よりは知られていないリチャードのB級作品も、まとめて見ようかと考えていた。というわけで、我が家では、1971年の「ラストラン」(適当に選んだのだが、シトロエンDSが登場している!)を追悼上映中である。

 リチャードの訃報の驚きもさめない昨日、今度はポーランドからスタニスワフ・レムの訃報が夕刊に出た。これまた、ディックの次はレムと、決めていただけに、大変驚いたわけである。世界でもっともSF作家らしい作家であった。SFの定義も色々あるが、私のSFの定義のコアはレムである。「ソラリス」の新訳をそろそろ読み始めようか。

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2006/03/14

クォークはチャーミングか?

 グラショウ、ワインバーグ、ファインバーグの3人の著名物理学者が、同じ科学技術高校の同級生で、しかも、SFクラブをこの3人で創設した、というのは「セカンド・クリエイション」という本で紹介されていたが、その当事者グラショウの自伝「クォークはチャーミング」(紀伊國屋書店)でも、物理学へと向かう最初の出発点として触れられている。SF作家でもある(この本の後書きでは、サイエンスライターとしてしか紹介されていない)ベン・ボーヴァが共著者になっているのも、このためか。ノーベル賞学者の自伝というのは、案外日本で出版されていて、そのうちの何冊かを読んだことがあるが、このグラショウの自伝ほど、付き合ったガールフレンドについて、正直に書いているのもは珍しい。また、面白いと思ったのは、時々に乗っていた自動車についても触れていることである。ノーベル賞受賞の前年に、候補になっていることを意識して不眠症になっていたときに、ルノーに乗っていたなどというのは面白い。

 この本の物理としての話題の中心は、グラショウがノーベル賞をもらった、電弱理論への貢献とチャーム・クォークの予言である。「クォークはチャーミング」というタイトルもここからきている。これらのグラショウの研究は、私が大学で物理を学ぶ直前になされていたものだ。私の入学した大学の物理学科の教授には、「クォークがあるなんて私は信じませんよ」という人もいたが、その時には、クォーク理論を提唱したゲルマンはすでにノーベル賞をもらっていた。統一理論の専門家はおらず、もっとも年の若い助教授が、電磁気学の授業で、ゲージ変換を強調して講義していたことが、唯一、グラショウたちがやったことにつながる内容だった。4年次のゼミでは、最後の方で、量子色力学の入り口くらいをやったが、アイソスピンなるものがどうにもピンとこなかった(だいたいにおいて、電磁気学の理解も怪しく、シュレーディンガー方程式も参考書を見ないと解けない状態だった)。当時最新の実験結果だと言ってゼミの指導教官に見せられたバリオンの共鳴グラフは、数年後に、間違いだということが判明した。

 この手の、原子核より小さい世界の話になると、日本人の研究者が何人か登場するが、湯川秀樹、朝永振一郎の二人の仕事は、やはりインパクトがあったのだなあと思う。クォークにつながる発想の最初のものが湯川の中間子論であったし、電弱理論などの統一理論にとって、朝永らの「くりこみ手法」が可能であるかどうかは大事な要素である。因みに今年は、朝永振一郎生誕100周年である。来年は湯川秀樹生誕100周年で、両方を記念した資料展が開かれるそうである。

 「万物理論」として、このところ「超ひも理論」(スーパーストリング理論)が話題になっているが、グラショウは、理論に対して懐疑的である。それは実験的な裏付けが全くない初めての物理理論だからである。重力、電弱力、強い力、の統一が可能であることは示されているが、具体的な内容は全くなく、この理論で予言できる物理現象は、今のところ何もない。この理論の可能性を肯定的にとらえて、21世紀の物理学の中心が、あたかもこの理論にあるかのように主張している学者も多いが、実験物理学者のいう当てにならない理論の典型かもしれない。

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2006/02/24

60冊のサンリオ文庫

 ディックの「アルベマス」をもって、買いためてあったサンリオ文庫をすべて読み終えた。サンリオ文庫最終刊の「アルベマス」は1987年発売だったから、そこから数えて19年かけて消化したことになる。1999年に家の建て直しを決意して、蔵書を片付けた時に、60冊買ったサンリオ文庫のうち40冊近くを読んでいないことに気が付いた。他の文庫では読むことのできない物ばかりだし、文庫本なので単行本よりも状態の悪化が進んでいたこともあって、サンリオ文庫の読破に取りかかったのであった。それから、足かけ7年。ディックだけになってから、他の文庫で出た物も年代順に読むことにしたので、多少時間がかかってしまった。

 この60冊の中で1つオススメを選べといわれたら、難しいのだが、プリーストの「逆転世界」にしようと思う。創元文庫で再刊されているので現在でも読むことができる、ということも考慮した。作家としてのベストは、トマス・ディッシュ。「334」「歌の翼に」「キャンプ・コンセントレーション」の3作すべてが読み応えのある作品だ。サンリオ文庫で初めてその名前を知って、面白いと思ったのがミシェル・ジュリ。なかなか紹介されないフランスのSFであるが、「熱い太陽深海魚」というタイトルはしゃれている。ハリイ・ハリスンの「太西洋横断トンネル万歳!」、B.W.オールディスの「マラキア・タピストリ」も好きな作品だ。オールディスは、もともと一番好きなSF作家なので、サンリオ文庫の出版予定に入っていた「80分時間」以降の未訳作品が出て欲しいんだけどなあ。トマス・ピンチョンの「競売ナンバー49の叫び」は、「砂漠のカッコーとコヨーテ」なる訳語には笑ってしまった(この訳は筑摩書房版でも直されていない)。Road Runnerを砂漠のカッコーと訳すというのは、どこを調べた結果なんだろう? 「マラキア・タピストリ」と「競売ナンバー49の叫び」は先に原書(ペーパーバック)で読んであって、日本語に訳されるのが待ち遠しかった作品だった。

60冊のリスト(ほぼ発刊順)
 「ビッグタイム」フリッツ・ライバー
 「妻という名の魔女たち」フリッツ・ライバー
 「時は乱れて」P.K.ディック
 「死の迷宮」P.K.ディック
 「暗闇のスキャナー」P.K.ディック
 「ノヴァ急報」ウイリアム・バロウズ
 「爆発した切符」ウイリアム・バロウズ
 「枯草熱」スタニスワフ・レム
 「バケツ一杯の空気」フリッツ・ライバー
 「不安定な時間」ミシェル・ジュリ
 「334」トマス・ディシュ
 「コンピューターコネクション」アルフレッド・ベスター
 「愛しき人類」フィリップ・キュルヴァル
 「アルクトゥールスへの旅」D.リンゼイ
 「伝授者」クリストファー・プリースト
 「口に出せない習慣奇妙な行為」ドナルド・バーセルミ
 「馬的思考」アルフレッド・ジャリ
 「バロック協奏曲」アレッホ・カルペンティエール
 「飛行する少年」マルタン
 「ナボコフの1ダース」ウラジミール・ナボコフ
 「ハドティーズ大先生のラブ・コーラス」コッツウィンクル
 「レンズの眼」ラングドン・ジョーンズ
 「歌の翼に」トマス・ディシュ
 「猫城記」老舎
 「手で育てられた少年」B.W.オールディス
 「太西洋横断トンネル万歳!」ハリイ・ハリスン
 「この狂乱するサーカス」ピエール・プロ
 「憑かれた女」D.リンゼイ
 「罪深き愉しみ」ドナルド・バーセルミ
 「愛の渇き」アンナ・カヴァン
 「熱い太陽深海魚」ミシェル・ジュリ
 「2018年キングコング・ブルース」サム・J・ルンドヴァル
 「流れよ我が涙と警官は言った」P.K.ディック
 「兵士は立てり」B.W.オールディス
 「ヴァリス」P.K.ディック
 「天の声」スタニスワフ・レム
 「怒りの神」P.K.ディック&ロジャー・ゼラズニイ
 「聖なる侵入」P.K.ディック
 「去勢」キングスリー・エイミス
 「逆転世界」クリストファー・プリースト
 「マーシャン・インカ」イアン・ワトソン
 「エレンデイラ」ガルシア・マルケス
 「ヴォネガット、大いに語る」カート・ヴァネガット
 「最後から2番目の真実」P.K.ディック
 「世界Aの報告書」B.W.オールディス
 「ティモシー・アーチャーの転生」P.K.ディック
 「氷」アンナ・カヴァン
 「テレポートされざる者」P.K.ディック
 「あなたを合成します」P.K.ディック
 「競売ナンバー49の叫び」トマス・ピンチョン
 「マラキア・タピストリ」B.W.オールディス
 「突然の目覚め」B.W.オールディス
 「虚空の眼」P.K.ディック
 「悪魔は死んだ」R.A.ラファティ
 「イースターワインに到着」R.A.ラファティ
 「キャンプ・コンセントレーション」トマス・ディッシュ
 「アルファ系衛星の氏族たち」P.K.ディック
 「アンティシペイション」クリストファー・プリースト編
 「ブラッド・マネー博士」P.K.ディック
 「アルベマス」P.K.ディック

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2006/02/18

「ヴァリス」2部作+2

 ついに、サンリオ文庫の最終巻であった「アルベマス」を読み終えた。「ヴァリス」「聖なる侵入」「ティモシー・アーチャーの転生」「アルベマス」の4作は、相互に関連を持つディックの遺作。訳者の大瀧啓裕のよれば「ディック神学」による作品群である。「ヴァリス」「聖なる侵入」は2部作として出版され、「ティモシー・アーチャーの転生」は一般小説として発表されたがSF仕立てでない「ヴァリス」の変奏曲である。また、「アルベマス」は「ヴァリス」の原型である。
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 一般的に言って、神様ネタは、SFとしてはあまり面白くはないものだ。これはディックでも同様。「スキャナー・ダークリー」を書いていた時の神秘体験をそのまま書いただけのような、SFというよりも私小説といいたい「ヴァリス」よりも、一応、それまでのディックSFの体裁になっている「聖なる侵入」の方が、読みやすいし、わかりやすい。また、珍しく、この作品は、最後で、主人公が救済されている。

 グノーシス主義に基づく神学が両作品で展開されているのだが、昨年読んだ一番面白い本であった山本義隆の力作「磁力と重力の発見」に紹介されてるのと同一の思想家の理論がいくつも登場する。近代科学を生み出したギリシャ哲学やキリスト教の源流が、近代科学が生み出したSFの一つの典型をも生み出した、ということか。
 また、この2作、特に「聖なる侵入」は、庵野秀明の「新世紀エヴァンゲリオン」の元ネタになっているといって良い。この2作で展開される「ディック神学」を借りて、永井豪の「デビルマン」を再構成して見せたのが、「エヴァンゲリオン」だと言える。したがって、訳者の大瀧啓裕が「エヴァンゲリオン」の詳細な解説本を書いたのも頷ける。

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2006/01/09

2005年に読んだ本

・小説
「スタートレック エンタープライズ 名誉の代償」
「あなたを合成します」
「フランス幻想文学傑作選②」
「闘士」
「ブラッドマネー博士」
「ドクター・ブラッドマネー」
「去年を待ちながら」
「時を克えて」
「最後にして最初の人類」
「スターメイカー」
「ザップガン」
「テレポートされざる者」
「ライズ民間警察機構」
「銀河の壺直し」
「フロリクス8から来た友人」
「怒りの神」
「暗闇のスキャナー」(山形訳)
「スキャナー・ダークリー」
「ヴァリス」

・その他
「磁力と重力の発見Ⅱ」
「中国の科学」
「磁力と重力の発見Ⅲ」
「数量化革命」
「環境リスク学」
「ブッダとそのダンマ」
「疑似科学と科学の哲学」
「地球を殺すな!」
「科学が嫌われる理由」
「ニホンザルの生態」
「科学教の迷信」
「科学者とは何か」
「ヤバンな科学」
「現代の物理学2 電磁気学」
「物理・化学から見た環境問題」
「戸田盛和随筆集1」
「素晴らしき特撮人生」

 実に偏ったジャンルの本しか読んでいないなあ、とつくづく思う。もっとも、これは今に始まったことではなくって、子供の頃から変わらない。

 山本義隆の力作「磁力と重力の発見」を読んで、グノーシス主義やカバラの思想が、近代科学の母胎のひとつになったことがよくわかったのだが、この同じ思想が、ディックの「ヴァリス」の中心テーマに重なっている。年の始めと終わりに読んだ本が、このように共鳴するとは思いもしなかった。2005年の読書のキーワードは、ヘルメス・トリスメギストス!

 「環境リスク学」は、是非いろいろな人、特に、政治や行政にかかわる人には読んでもらいたい本。例えば、狂牛病にかかわる現在日本で行われている全頭検査とアメリカで行われている検査とのリスクの差は少なく、そのために余計に使われている税金の多さ(この額の何分の一かを使えば、先進国中日本が突出して高い「はしか」のリスクを減らすことができる)の問題(ついでに付け加えるなら、吉牛が食べられない問題)。環境問題は、相互に関係し合う要素が絡み合っていて、リスクそのものを見積もることは難しいのだが、そのリスクを見積もることすらせずに、科学的な議論よりも、政治的な力加減で、環境にかかわる諸法律や諸政策が決定されてしまう問題。環境保護団体の言っていることは一面では正しいが、我々が生きていくのに存在する他の様々なリスクとの比較がきちんとなされているとは限らない。現在の日本が抱える最大の問題を指摘した本だと思う。

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2006/01/02

舘内、正しい!

 舘内端がシトロエンC4を2005年版「いいクルマ」に選んでいる。NAVI2月号の「2005年の○と×」では、「1位92点」を与えている。その理由はここだけでは良くわからないが、Motor Magazine2月号の「舘内端の脳内ツーリング」を読むとその理由が良くわかる。ちょっと褒めすぎではないかと思うほどである。「良いクルマの一般解」という表現は実に的を射た表現だと思う。自分自身、一度はシトロエンに乗ってみたいという気持ちがあって、C4を選んだ部分はあるんだけれども、シトロエンらしさといわれる部分よりも、自動車としての基本的な部分のできの良さに感心している自分に気づくことの方が、多い。シトロエン、復活しましたねえ、という感想を漏らしてしまう人たちよりも、シトロエンって何、それいいクルマ?っていう人の方に、乗ってもらいたいなあと思う。シトロエン・ジャポンがもう少し宣伝方法を工夫すれば、というより、単純に、宣伝量を増やすだけでも、C4は相当に売れる車になると思う。

 「静かに走っていても、特に音楽を聴こうとかラジオをかけようとか思わない」という聞き手に対して、「フツーに走らせているだけで充実感があるってこと」と受けているのも、実に頷ける。変な音楽が流れているのを嫌う我が妻に、音楽は切ってくれと言われて走るときがある。そんな場合でも、何か物足りないような気分にはならない。普通の道をただ走っているだけなのに、ステアリングを握りアクセルを踏むことが、楽しいのである。ワインディング・ロードを走らずとも、ファン・トゥ・ドライブなのである。

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2005/12/31

冬休みだからカーグラフィック誌の長期テストにコメントしよう

 カーグラフィック誌(以後CG誌と略す)2006年2月号のシトロエンC4 1.6サルーン長期テスト第6回「タイヤを195/65R15に」について、思うところを書き手みたいと思う。

 まず、表題にもなっているタイヤのインチダウンについて。私も時々、205/55R16のタイヤが主因ではないかという乗り心地の不快感を感じることがある。代車で乗ったC3プルリエルが15インチ・タイヤで自分のC4よりもずっと走行距離が少ないにもかかわらず、同じ道での乗り心地がかなり良かった。メガーヌに試乗した時も、16インチの2.0L車よりも15インチの1.6L車の方が乗り心地は好ましかった。だから、このインチダウンの試みには注目している。実は、C4のスペアタイヤは15インチである。これに気が付いた時、1輪だけだが、付け替えて走ってみようかと思ったこともある。ローバー・トゥアラーに乗っていた時にもインチダウンを考えたが結局しなかった。それは、タイヤサイズを含めてサスペンションの調整がなされていて、インチダウンするだけでは、乗り心地は良くなるかもしれないが、全体のバランスは崩れてしまうという話を聞いたからである。CG誌のレポートも読みようによってはそう受け取れる内容である。因みに、トゥアラーのスペアタイヤは同じサイズのタイヤだった。

 「不快症状(?)一覧」の、①1速から2速へのシフトショック②ギコギコ音の発生③エンジンノイズ、については、すでにこのブログで書いた症状と同じである。ただ、①は最近感じなくなった。これは、AL4の学習効果なのか、それともショックの少ないアクセルワークを知らず知らずに学習した効果なのか? つらつら考えると、②の妻が最初に気にしたギコギコ音も最近しなくなっているように思う。サスペンションがなじんでくれば出なくなるということなのかもしれない。③のエンジンノイズの「チリリリ」は、触媒装置での共振音という説明を私は受けたので、CG誌の検査結果の報告が同じであるかどうか。

 最後に、オーナーアンケートであるが、結局、私は応募していない。

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2005/12/10

「スキャナーダークリー」

 浅倉久志翻訳版を読み終えた。訳者自身があとがきで書いているが、創元文庫版山形浩生訳「暗闇のスキャナー」より、使われている訳語が古いなあと思える部分もある。特に最初の方では、その印象が強かった。山形訳では全く訳されなかったドイツ語部分が、原文-カッコに入った訳文、となっていて、親切である。スクランブルスーツのような、というか、タイトルに使われている「ダークリー」という言葉に通じる真相が良くわからないぼやけた感じは、飯田隆昭訳のサンリオ文庫版が一番あった。逆に、山形訳は物語の構造をくっきりさせすぎたんじゃないかと思うほど、主人公アークターのラストが悲しい。浅倉訳の印象は、ちょうどその間という感じである。先に出た2つの訳と重ならないように、ということだと、どうしてもそうなってしまうのだろうけど。

 SFとしてみたら、この作品は、スクランブルスーツというガジェットくらいしかSFらしさがない。ただ、今回3度目で初めて思ったことなのだが、主人公も読者も一杯食わされる(ディックの得意技)ヒロイン・ドナは、何の説明もないが、スクランブルスーツがさらに進化したスーツを身につけてるんじゃないか、ということ。このことを説明するとネタばらしになるのでやめるが、かなり強くそう思う。

 この小説の最初の方に、ラストシーンにつながる自然描写があることにも、初めて気が付いた。ディックの作品というのは、1回だけでは終わらないどんでん返しの面白さが、特徴である。しかし、そのダイナミックさでごまかされてしまっているのだが、よくよく考えると、話の辻褄が完全にはあっていない場合も多い。そのために、同じ作品を何度も読みかえすという気にはならないのだが、この作品には、そのような破綻はない。これが、後期の傑作といわれるゆえんだろう。

 「スキャナーズ」というタイトルで一度、どこが原作なんだという映画化がされているが(浅倉久志のあとがきでは、この作品の存在が無視されている)[注:kmtsさんの指摘で、「スキャナーズ」のパンフレットを引きずり出してみたら、監督のクローネンバーグが「スキャナー・ダークリー」からヒントを得た、と書かれていて、原作ではなかった。どこかで記憶違いをしたらしい。同様の記憶違いを最近している。最近、wowowでディック原作の「ペイチェック 消された記憶」をやっていたが、これは見ていないからと見始めたら、まるでこの作品の主人公のように、直後のシーンを次はこうなると思い出す自分に気が付いた。どうやら、劇場公開時に見ていたのである。全く、ディック的なできごとだ。]、キアヌ・リーブス主演で映画化され、近く公開されるという。どの程度、原作に忠実か気になるところである。原作通りでなくとも「ブレードランナー」並の、映画的イマジネーションがあれば許すんだけれど。

 私は、ドナのイメージの鮮烈さゆえに、山形訳を A SCANNER DARKLY の翻訳のベストとしたい。

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2005/11/28

好きやなあダークリー

 この日曜(27日)は、久しぶりの完全休日であった。家族3人とも特に用事がなく、外出することにした。土曜の夜に、娘から、パシフィコ横浜でやっている「ペット大集合」というイベントに行きたいと言われた時には、ちょっと暗い気持ちになった。伊豆や箱根の紅葉がちょうど良くなっているので、そのあたりをドライブできたらいいなあと思っていたからだ。横浜へ行くなら早起きできなきゃダメだ、と約束した。寝坊する可能性がありそうだったので、そうなったら、近回りで納得させようという作戦だ。で、朝である。娘は約束の時間に起きてきた。これは横浜へ行くしかない。まあ、首都高でETCを使う、良いチャンスではある。

 東名は行き帰りとも、トラックが少なく流れが良かったので、ほぼ全区間で、クルーズコントロールを使い、楽をした。ETCでのゲート通過もやっと慣れてきた。
横浜あたりまで行けば、C4に出会うかと思ったが、結局1台も出会わなかった。トゥアラーに乗っている時の方が、このような時に、仲間に出会ったような気がする。

 パシフィコ横浜のイベント会場にずっといることになるのは辛いなあと思っていたら、娘も案外すぐに飽きて、別なところに行きたいと言い出したので、ワールドポーターズとクイーンズスクエアのあたりをぶらぶらする。このとき、JACカートレットの駐車場が、24時間上限1500円(日曜祭日)で利用できるのを見つけ、今度来る時にはこちらに車を止めようと思った。今回、臨港パークの駐車場に車を止めたが、30分250円で、結局、2500円も取られたからである。

 今回の横浜行きでの収穫は、地元の本屋で見つけられなかった、フィリップ・K・ディックの「スキャナー・ダークリー」を見つけられたこと。ディレーニーの「ノヴァ」も再刊されており、これも買った方がいいかもと思ったが、前に出た時に買ってあるような気がして買わなかった。家に帰って確認したら、ちゃんと買ってあった(でも、読んでいない)。
yokohama05_1127

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