2018/09/30

危険な笑いミルハウザー

 スティーヴン・ミルハウザー「十三の物語」柴田元幸・訳(白水社)読了。オープニング漫画「猫と鼠」、消滅芸「イレーン・コールマンの失踪」「屋根裏部屋」「危険な笑い」「ある症状の履歴」、ありえない建築「ザ・ドーム」「ハラド四世の治世に」「もうひとつの町」「塔」、異端の歴史「ここ歴史部会で」「流行の変化」「映画の先駆者」「ウェストオレンジの魔術師」という4部13話構成。
 巻頭の「猫と鼠」は「トムとジェリー」を基にした小説で、それらしい変形ギャグや爆弾ギャグを刻銘に描写していて、これはあの話のシーンだね、とニヤリとしてしまう。途中から、ハンナ=バーベラ作品というより、チャック・ジョーンズ作品を思わせるようになり、ついにラストシーンは、「トムとジェリー」は作っていないテックス・アヴェリーになってしまう。
 「三つの小さな王国」所載の「J・フランンク・ペインの小さな王国」では漫画映画の創始者のひとりウィンザー・マッケイをモデルにしたミルハウザーは、アニメというか、動かない絵に命を吹き込むということにこだわってるように思える。「映画の先駆者」「ウェストオレンジの魔術師」の2作もその流れの作品だ。現実が夢のようであり、夢を現実化しようとした男たちのこだわりは悪夢のようである。
 「塔」はバベルの塔の話だけれども、テッド・チャンの「バビロンの塔」と比べて読むと面白そう。

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2017/12/16

寒き日出かければ籤

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 12月10日、沼津の新仲見世商店街に新しくできた「昭和レインボー」というレトロな駄菓子屋のオープニング・イベント「昭和レトロまつり」に行ってきた。SCMメンバーのK氏からのお誘い(K氏の知人M君がイベントの手伝いをしていたのである)もあって(なんで、沼津から遥かに遠い遠州に住む人間の方が詳しいイベントの内容を知っているのだ!?)出かけた。このお誘いがなければ、正直行ったかどうかわからない。ある年代の特撮ファンにはかなり贅沢なゲスト(石田・ミラーマン・信之、きくち・帰りマンの中の人・英一、伴・キカイダー・大介、倉田・バトルフランス・成満、山添・BD7マジョ・三千代)だけれど、自分にとってはちょっと年代がずれていて、それほど魅力は感じなかったのだ。唯一、「ガンバの冒険」のエンディングテーマを歌った、すぎうらよしひろのミニライブは、その「冒険者のバラード」を生で聞けるのだけが、気を引かれた部分だった。
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 正午過ぎ、沼津駅でO氏とともにK氏を出迎え、会場の新仲見世商店街へ向かう。会場は準備中であった。K氏を呼ぶ声がして、誰かなと思うと、K氏の特撮弟子のM君の呼び声であった。今回のイベントの主催者である昭和の駄菓子屋を復活させた「昭和レインボー」の店主(社長)の田中さんをM君から紹介された。M君がわれわれのことをどう伝えてあったのか詳しくはわからないのだが、(アニメ特撮ファンの)先輩方と言われて、何かこそばゆい感じになる。

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 イベントの始まりは、すぎうらよしひろのミニライブから。当然「マッハバロン」の主題歌から始まる。お目当ての「冒険者たちのバラード」ではカラオケでなく、生ギターを弾きながら歌う。この歌をオリジナルの歌手で生で聞く日が来ようとは思っていなかった。
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 ミニライブ後は、K氏はゲストとの写真撮影、私はその間に駄菓子屋「昭和レインボー」を見学(70年代のグッズが多い)し、イベント参加者に無料で配られたくじ券でくじ引き。私は言って見れば参加賞の駄菓子セット。O氏は2等で何かよさげなものをゲットした。どうせ自分はくじ運はないからとこの時思ったのだが、夜の部で今年最大の幸運が舞い込むということは知る由もなかった。

 16ミリ・フィルムの上映会までは時間があるので、喫茶店にでも入ろうかということで
栗せんのほさかの奥の淡月居に行く。そうしたら、ゲストの紅一点、山添美千代さんが息子さんと入ってきて、驚く。こんな通りから奥まった地元の人でも知っている人は多くない店にやってくるなんて、田中社長か誰かが昨日連れてきたのだろうか? 一服しに来たようだったので、特に声をかけたりしなかった。自分が飲んでいるのと同じ淡月居ブレンドを注文したのが嬉しかった。

 16ミリ・フィルムの上映会では、映写機を初めて見たのか興味深げな人たちがだいぶいた。フィルム自体は傷などあまりない状態の良いものだったが、青みが完全に抜けた、いわゆるセピアカラーであった。「昭和レインボー」の隣の空き店補での上映だったが、やっぱり、フィルム上映はいい。

 夜のBAR&喫茶「ねこと白鳥」(昔の純喫茶・白鳥、その時の内装がかなり残されている)でのすぎうらよしひろのミニライブの前に食事を済ませておこうと、わざわざ浜松や東京方面からやってきたK氏の知り合いの方々と、沼津らしいものを食べようとボルカノに。どういう知り合いかと思ったら、私たちが大学時代にやっていたサークルの上映会に来ていた高校生たちだった。

 夜のすぎうらよしひろのミニライブは、昼の屋根はあるが屋外の特設会場とは違って室内できちんと椅子に腰かけて落ち着いて聞け、また、バトルフランスの共演もあり、より楽しめた。ライブの後はゲストにちなむグッズの各1品の争奪ジャンケン大会。最初は、ライブを終えたばかりのすぎうらよしひろサイン入りの「ガンバの冒険」のロマンアルバム! 自分も持ってはいるが、これは欲しいと、ジャンケンに参加。参加した人たちが少なかったこともあり、なんと勝ち残り、もらえることになった。本人から直接本を渡され握手もでき、感激である。

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2017/11/26

11人くらいいた

 土曜出勤の代休の20日の月曜日、三島の佐野美術館に行った。萩尾望都SF原画展を見るためである。朝10時開場なのでそれに合わせて妻と出かけた。美術館に着いたのは10時を少々回っていたが、表通り側の駐車場には車が1台もまだ止まっていなかった。庭園を抜けて美術館へ行くと、こちらの方の駐車場には5台くらい車がいた。平日の会館直後とあってそれほど人はいなかったが、自分と同世代の女性グループなどで、自分たちを含めて10人くらいはいた。

 原画を見て思うことは、やはり、うまい、の一言。カラー原画も多く展示されていて、それが印刷されたものと比べることもできて、原画の微妙な色遣いなどが、印刷されてしまうと消えてしまっているということに気が付いた。ハヤカワ文庫の表紙絵など懐かしいが、自分が読んだ記憶にあるのは多分1冊、「薔薇の荘園」くらい。ロジャー・ゼラズニイの「光の王」は持っていてもおかしくはないのだが、読んだ記憶も買った記憶もない。

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 そういえば、初めて買った車は赤いスターレットだったが、スターレッドと自分では呼んでいた気がする。

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2017/10/09

洋書録2017年

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'The Art and Inventions of Max Fleischer American Animation pioneer' RAY POINTER;Mcfarland & Company,Inc.,Publishers
 これは、今年の早い時期に出版されて手に入れたもの。タイトルにある通り、アニメーション製作におけるいろいろな技術や機械を考案し特許を取ったマックス・フライシャーの発明家としての側面に多くのページを割いた本。現在でも残されている特許申請書類からの図面が図版の多くを占めていてる初期のフライシャー・スタジオの様子は、興味深い。
 また、当時の映画雑誌や新聞のフライシャー作品の評価の採録が当時の様子を伝えている。ディズニーのようには資料が残されていないフライシャー・スタジオについては、こういうアプローチしかないんだろうな、と思う。


'SNOW WHITE'S PEOPLE An Oral History of the Disney Film Snow White and the Seven Dwarfs VOLUME1' DAVID JOHNSON;Theme Park Press
 ディズニーの「白雪姫」の制作にかかわったメンバーのインタビュー集の第1弾。未刊行の『「白雪姫」と世界恐慌』という本を書いた著者が1980年代末から90年代初めにかけて行ったインタビューの活字化である。ウイルフレッド・ジャクソンのインタビューから始まるが、このインタビューはジャクソンが亡くなる直前のものである。トレースや彩色を担当していた女性スタッフにもインタビューしている。インタビュー時期が90年前後であるから、ジャクソンに限らず、多くのスタッフは高齢になっていて、滑り込みセーフ的貴重なインタビュー集である。ディズニー・プロとは無関係の著者、出版社なので図版は一切ない。


'INK & PAINT The Women of Walt Disney's Animation' MINDY JOHNSON;Disney Editions
 ディズニー・プロの女性スタッフに焦点を当てた本。ディズニー・プロで出している本なので今まで見たことのなかった貴重な写真ばかり。ディズニー・プロ美女写真集と呼べるくらい美女ぞろい。FOREWORD を先ごろ亡くなった声優のジューン・フォーレイが書いているのも貴重。著者は最近邦訳が出たマーク・デービスの画集にも参加している。


'ARCHIVE COLLECTION  PORKY PIG 101 CLASSIC WARNER BROS. ANIMATED SHORTS'
 これは本でなくDVD5枚組コレクション。ポーキー・ピッグ作品が、第1作の'I Haven't Got a Hat'から'Porky Pig's Feat'まで101作収録。ワーナーブラザース・ホーム・エンターテイメントから発売されているが、受注生産という完全にマニア向け商品である。まだすべて見ていないので、詳細は見てから。

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2017/08/24

時空の長い午後

 この夏は、シュレーディンガーの本を読んだ。
 7月に新書版で高校時代以来何度か読んだ「生命とは何か」を岩波文庫版で読んだ。今まで読んだ時には気付けなかった「物理法則は統計的なものである」という考え方をしているのに、今回気付いた。本質的に統計的である量子力学の基礎方程式を見つけたわけだから当然という気がするが、波動関数が確率を表すという解釈には完全に反対する立場になっていた時代に書かれたものなので、読んでいて何か釈然としない部分もある。物理法則が統計的であるというのは、統計力学的にということで、物理的実在の本質にはコペンハーゲン解釈のようなものはないということらしい。つまり、同時期のアインシュタインの考え方と同じなのである。
 それで、もうちょっとシュレーディンガーの考え方に迫りたいということで、大学を卒業する頃に買って今まで読んでいなかった論文集である「シュレディンガー選集1 波動力学論文集」「シュレディンガー選集2 時空の構造・統計熱力学」を読んだ。この2冊は「生命とは何か」のような一般向けの本ではないので、いろいろ難しい式が出てくるが、その式についての説明が明快で、物理的イメージに基づいたものなので、非常にわかりやすい。本を買った頃に読んでおけばよかったと今になって思う。
 さらに、ジョン・グリビンによるシュレーディンガーの伝記「シュレーディンガーと量子革命」を読んだ。奥さんと愛人と3人で暮らした以外にも、どうみても犯罪的なロリコンだよなと思うような、ちょっと他の物理学者には見られない多彩な女性たちとの関係に驚嘆する。一方、奥さんも奥さんで、シュレーディンガーの同僚の学者と浮気をしているし、さらに驚くのは、シュレーディンガーが愛人に産ませた子供の面倒を見ているのである。すごい夫婦である。

 シュレーディンガーの本を読んだ後、じゃあ、ノーベル物理学賞を一緒に受賞したディラックの本を読もうと、数年前に出たグレアム・ファーメロによる伝記「量子の海、ディラックの深淵」と、ディラックの死後11年たってウエストミンスターに作られた記念碑の式典時の追悼講演の活字化「ポール・ディラック 人と業績」を読んだ。伝記の方で一番驚いたのは、ディラックがミッキーマウスの漫画映画の大ファンであったこと、「白雪姫」もイギリス初公開時に見に行っているということだった。ディラックが物理学者として一番創造的であった時期とミッキー作品の最も面白かった時期は一致していたのであるという当然のことに今まで気が付いていなかった! さらに、「2001年宇宙の旅」の初公開時に見て感激し続けて2回見たということ、小さい時から漫画が好きで特にお気に入りは「プリンス・ヴァリアント」だということ。
 ディラックの書いた「量子力学」を持っているのだが、これは大学時代に学部に上がったばかりの頃、同じクラスの友人と、どうせなら英語版で勉強会しようと買ったものだ。この勉強会は1,2度やっただけで挫折してしまった。書架からどりだしてみると、その挫折したページにしおりが挟まれていた。自分一人ででもこの教科書を読み通せたのなら、高校生でなく大学生を相手に物理を教えていただろうな、と思う。
 

 家族で天気の悪い涼しい日に、箱根のラリック美術館に初めて行った。ラリックが内装を担当したオリエント急行の実際の列車が1両展示されていて中に入れたのが一番良かった。この車両、沼津まで鉄道で運ばれ、沼津駅でトレーラーに乗せ換えられて御殿場・乙女峠経由で仙石原の美術館までやってきたそうだ。これにあわせて当時のポスターや時刻表、観光案内などが展示されていて、ガラス製品や装飾品より、面白かった。


 贔屓にしていたSF作家、ブライアン・オールディスの訃報を見た。80年代の代表作Helliconia3部作が存命中に邦訳されなかったのが残念だ。訳されそうにないからと、昨年3部作を1冊にまとめたペーパーバックの原書を買った。追悼の気持ちを込めて、読むことにしよう。Barefoot in the HeadやThe Eighty Minute Hourも訳してほしい作品だったんだけどなあ。

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2015/12/30

高い買い物、掘り出し物

 ベンダツィBendazzi先生の本 Animation:A World Historyが発売され、きちんと価格を確かめずにamazon.comに注文した。注文確認メールで値段を見たら、とんでもない価格。ハードカバーの学術専門書の価格だとしても高かった。3巻本で、総額は日本円で7万を越えた。この間のアニメ総会で、中国で発売されている中国アニメの歴史の本が高くて・・・という話を聞いたが、それを越えていた。
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 とりあえず、キューバのアニメについての記述部分を確認したら、2巻と3巻にあり、2巻の内容は自分が以前訳したCartoonsと同じで、その後の歴史が3巻に書かれていた。3巻の記述もホアン・パドロンが中心で、Vampiros en la Habana!(ハナバの吸血鬼)の続編Mas Vampiros en La Habanaが2003年に作られた、ということで終わっていて、その後を知りたかった自分にはちょっとがっかり。紙表紙の普及版が出てから買っても良かったか、とも思う。
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 近所のブックオフに家族で行ったときに、「アニメの世界Vol.1,2 colour Cartoons vol 1-2 デジタルリマスター版」というタイトルのDVDを見つけた。裏の収録作品説明の中に「ジャスパー・イン・ア・ジャム」「リトル・ルルとちっちゃい仲間」「コブウェブ・ホテル」「よい子の夢」とあるのを見て、こんな取り合わせのカートゥーンの日本版コンピレーションDVDが売らていたのかと、購入。250円。CFM MEDIAというところから2002年に発売されたものだった。
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「カラーリング・ブック」というぬり絵がおまけで付いていたが、これを見てみると、いったいどんな子がこういうシーンのぬり絵をしたがるのだ、と思うし、本国では子ども向けには避けられている黒人のカリカチュアのシーンをぬり絵にしているのにも驚く。このぬり絵冊子の裏には、この会社発売のDVDの宣伝が付いていて、「アニメの世界Vol.3,4」が載っている。この「Vol.3,4」も何が入っているか興味津々。今度捜してみよう。
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 このDVDに入っている作品は次のとおり。
1 クロスビー、コロンボ&ヴァレ CROSBY,COLUMBO,and VALEE 1932年 ルドルフ・アイジング メリー・メロディ
2 ジャスパー・イン・ア・ジャム JASPER IN A JAM 1946年 デューク・ゴールドストーン パペトゥーン
3 ローン・スター・ステート THE LONE STAR STATE 1948年 イサドア・スパーバー スクリーン・ソング
4 リトル・ルルとちっちゃい仲間 CHICK AND DOUBLE CHICK 1946年 シーモア・ネイテル リトル・ルル 
5 金の卵を生んだガチョウ THE GOOSE THAT LAID THE GOLDEN EGG 1936年 バート・ジレット&トム・パルマー フェリックス・ザ・キャット
6 ヤンキー・ドゥードル・ドンキー YANKEE DOODLE DONKEY 1944年 イサドア・スパーバー ノヴェルトゥーン
7 お化けのキャスパーちゃん THE FRIENDLY GHOST 1945年 イサドア・スパーバー
8 スクラブ・ミー・ママ SCRUB ME MAMA WITH A BOOGIE BEAT 1941年 ウォルター・ランツ
9 コブウェブ・ホテル THE COBWEB HOTEL 1936年 デイヴ・フライシャー カラー・クラシック
10 巣立ちの歌 THE SONG OF THE BIRDS 1935年 デイヴ・フライシャー カラー・クラシック
11 ハップ・ハップ・ハッピー・デー IT'S A HAP-HAP-HAPPY DAY 1941年 デイヴ・フライシャー ギャビィ
12 クツのお家の子供たち THE KIDS IN THE SHOE 1935年 デイヴ・フライシャー カラー・クラシック
13 よい子の夢 SOMEWHERE IN DREAMLAND 1936年 デイヴ・フライシャー カラー・クラシック
14 トゥ・スプリング TO SPRING 1936年 ビル・ハナ&ヒュー・ハーマン  ハッピー・ハーモニー
15 メリーちゃんの小羊 MARY'S LITTLE LAMB 1935年 アブ・アイワークス

 1と8はこのDVDで初めて見た。そして、この2作は実に貴重な作品である。1はワーナーのメリー・メロディの最初期の作品で、ロリン・ハミルトンとマックス・マックスウェルがアニメーターとして参加している。アメリカ・インディアン物。黒白なはずだが、このプリントは退色したカラーフィルムのようなセピア・カラーで、インディアンの髪の毛は黒く、他は赤茶けた色のグラデーションになっているのが不思議。8はランツの南部黒人物。1と同様に無意識の「人種差別」作品であるから、テレビ放映などされないし、アヴェリーやクランペットの同様の作品のようにギャグの過激さもないので、「歴史的な意義を尊重した」作品集にも収録されにくい作品(だから貴重)。
 2のパペトゥーンのジャスパーや9、12、13のカラー・クラシックの代表作が入っているもうれしいし、お化けのキャスパーの第1作、ビル・ハナの演出デビュー作も見れる。実に、お買い得であった。


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2015/11/07

キューバのアニメーション史

 以前、フアン・パドロンの「ハバナの吸血鬼」というキューバの長編アニメについて書いたのだけれど、今年のアニメ総会でキューバのアニメを紹介しようと、キューバのアニメについて何か文献はないかと捜して、かのベンダツィ先生の「アニメ百年史」Cartoonsの中に見つけて、訳してみた。

  Giannalberto Bendazzi:Cartoons(1994年)より 

キューバのアニメーションの最初の作品は、Napoleón,el faraón de los sinsabores(ナポレオン、苦悩する専制君主;1937年)、漫画家のマヌエル・アロンソManuel Alonsoの2分の黒白作品である。原作の漫画はEl pais gráficoの日曜版に連載されたもので、このフィルムは大成功を収めたが、アロンソのアニメーションでの仕事を十分に支えるほどではなかった。そのすぐ後の画家のロゼニャーダRoseňadaとシルビオSilvioのMasabiというキャラクターを用いたアニメーションの企画は失敗に終わった。
 グアンタナモでルイス・カスティーヨLuis CastilloがCoctel musical(音楽のカクテル;1946年)を製作した。そのタイトルにもかかわらずこの作品はサイレントだった。さらに、El jíbaro y el cerdito(農夫と子豚;1947年)を製作。一方、セザー・クルツ・バリオスCéser Cruz Barriosに率いられたグループがサンティアゴデクーバで設立された。何作かの実験の後、このグループはキューバで最初のカラー短編El hijo de la ciencia(科学の子;1947年)を発表した。この作品は大成功とはいえなかったが、彼らはドキュメンタリー、ニュース映画、実写映画に興味の中心をおき続けた。
 1950年代に、限られた期間の広告やテレビ業界の発展で少数の作品が作られた。広告代理店Agencia Siboneyが何人かの若い画家を雇った。彼らは後にキューバ最初の真にアニメーションと呼べる作品を作った。
 1959年3月24日、カストロ革命の後に、Instituto Cubano de Arte y Industria Cinematográfico(ICAIC;キューバ芸術映画産業協会)が設立され、アニメーションに関わる小さな部署がその中にできた。この部署のリーダーはヘスース・デ・アルマスJesús de Armasで、イラストレーターのエデュアルド・ムニョーズ・バッチスEduardo Muňoz Bachsや他の共同制作者と仕事をしていた。このときの最初の作品はLa prensa seria(真面目な出版社;1960年)だった。それは大人の観客を意識した政治的な諷刺で、次のような意図があった。すなわち、
 「・・・私的出版で出された名誉毀損と嘘の公開告発および、それに対して規制が必要であるという声明である。美術的には、UPAで典型的に使用されているグラフィックな表現を採用している。」
 ヘスース・デ・アルマスは、新しい社会を再建するための支援を見出すことを目的とした行動主義者に関するフィルムの製作を始めた。El tiburon y las sardinas(サメとイワシ;1961年)は帝国主義と革命の間の闘争について議論していた。La raza(1961年)は人種差別の不合理さを展開した。La quenma de la caňa(籐畑の火;1961年)とRemenber Girón(ヒロンを忘れるな;1961年)はアメリカ合衆国の侵略の脅威を図解した。デ・アルマスは、最初の「物語」アニメーション映画El cowboy(カウボーイ;1962年)も監督した。1967年に彼は画業から引退したが、ア二メーションの世界とは関係を持ち続けてキューバにおけるアニメ製作を手助けした。
 この時期の最も興味深い作品は、Los indocubanos(キューバインディアン;1964年)である。モンデスト・ガルシア・アルバレスMondesto Garcia Alvalez(マタンサス、1930年生)が監督した。優雅なペン画で作られた歴史映画で、ヨーロッパ人が到着する前のキューバの人々を共感的に描いていた。この映画に使用された絵は後に同じタイトルの本になった。スパニヤード・エンリク・ニカノールSpaniard Enrique NicanorのEl gusano(虫;1963年)も同様にこの時期の注目の作品である。
 1960年代半ばのキューバのアニメは様々な理由で下り坂となる。外国、初めはアメリカ、後にはチェコスロバキアとポーランド、の影響で、キューバのアニメーションの自発的な活動を低下させてしまった。また、教育映画は常にキューバで制作されてきた。例えば、El realengo(王室の家督;1961年)、あるいは、ヘスース・デ・アルマスのAEIOU(アエイオウ;1961年)。このような教育映画は政治的な作品や芸術的な作品より優先されてきた。
 1965年に、ルイス・ロヘリオ・ノゲラスLuise Rogelio Noguerasの Un sueňo en le parque(公園の展望;1965年)というキュービズムの影響を受けた平和主義者の作品が、洗練され知的過ぎて観客の要求を満足させられないと批判された。もっと伝統的で民族主義的な文脈では、エルマン・エンリケスHermán HenríquezがOsaín(1966年)で民間伝承を脚色し、同様に民間伝承に触発されたOro rojo(赤い黄金;1969年)で賞賛された。レイナルド・アルフォンソLeinald Alfonsoは、伝統的な歌を元にしたQuiero marinero ser(水兵になりたい;1970年)で人気を得た。教育映画の分野では、中心人物はオーストラリア人画家のハリー・リードHarry Readeで、反帝国主義者のパンフレット、La cosa(物)を製作した。
 1970年代の初頭に、ICAICのアニメーション部門は再編され、再出発した。子ども向けの作品を作ることが望まれて、キューバの権威者たちはアニメーションに向かった。国内の何箇所かで、子供たちにとって何が適当で何が適当でないか定義する会議が開かれた。と同時に、アニメーションはその教育的目的を維持せねばならず、その表現手段は子供たちの要求に適合せねばならなかった。2つのカテゴリーが作られた。その1番目は2歳から7歳で、2番目は8歳から14歳であった。1番目のグループに対応する作品は動植物に命を与えたファンタジーで会話は制限された。より年上の子供たちに対する作品は、良く考えられたキャラクターとプロットを持つアクションとアドベンチャーに焦点が当てられた。トゥリオ・ラッヒTulio Raggi(ハバナ、1938年生)とマリオ・リバスMario Rivas(サンタクララ、1939年1月29日生)は主に若い方のグループ向けの作品を作り、フワン・パドロンJuan Padrón(カルデナス、1947年1月29日生)(訳注:本人のプロフィールと出身地が違うがどういうことなのか?)は年上の子供たち向けの仕事に特化していた。
 これらのアーティストたちの貢献は1980年代に入るまで続き、この時代にキューバのアニメーションのスタイルの実験が始まり、大人向けのテーマが発展し始めた。1964年にEl profesor Bluff(ブロフ先生)でデビューしたラッヒは、El cero(ゼロ;1977年、数学)El tesoro(宝物;1977年、地理)のような楽しい教育映画や次のようなキューバの歴史に基づく3本の映画を発表した。El negrito cimarrón(小さな黒人の逃亡奴隷;1975年)、El trapiche(きび引き器;1978年)、El palenque de los esclavos cimarrones(避難所;1978年)。最後の作品は黒人奴隷の反乱と山岳地帯への逃避に基づいている。1983年にラッヒはEl alma trémula y sola(震える孤独な魂)を製作した。これは建国の父ホセ・マルティJosé Martíの追放に関するアダルトな主題についての静止画で作られた作品だった。そのタイトルはマルティによる詩の一節そのものである。1890年のニューヨークの濃い空気の中で、この作品は暴動への準備をしている間のマルティの日常の雑事と記憶を描いている。
 マリオ・リバスはParque forestal(森林公園;1973年)でデビューした。彼の子供向けのたくさんの作品の中には、Feucha(みにくい女の子;1978年)やLa guitarra(ギター;1978年)がある。1981年にEl deporte nacional(国民の娯楽)というキューバで特別に人気のある野球の発展と拡散についての作品を監督した。真面目な教育者であるリバスはFilminuto(ハバナのスタジオの様々な作者による短編のコレクション)のシリーズの中のエピソードで刺激的なユーモアを見せた。彼の最高傑作と考えられているのは、El bohío(1984年;ヤシの木の小屋)である。ヤシの木の小屋は国への侵略者により何度も何度も破壊されるが、カストロによる独立の宣言まで、ある家族により毎回再建される。ギャグとリズムに富んだキューバの歴史についてのこの簡明な小論は、巧みなイデオロギーと娯楽のミックスである。
 次のようなコミック・ブックのアーティストもアニメーションに貢献した。例えば、マヌエル・’リロ’・ラマールManuel'Lilo'Lamar(マトホMatojoという彼のキャラクターとともに)、セシリオ・アビレスCecilio Avilés(セシリンCecilínとコティCotiとともに)、そして、とりわけ、フワン・パドロン。15歳のときからパドロンは二メーションに興味を示していた。フワン・パドロンは、ヘスース・デ・アルマスのスタジオで一時期基本的な仕事を学んでいだ。さらに、アーティストとしての彼の教育はコミック・ブックで始まった。1970年に、エルピディオ・バルデスElpidio Valdésという彼のキャラクターは、子供週刊誌Pioneroのページで生まれた。バルデスは「マンビmanbi」、すなわち、スペインの植民地主義者と独立のために戦う、19世紀のキューバの愛国者である。風習や物、制服、さらには食べ物まで広範囲の調査の末に、パドロンは子供たちの先祖の生活の歴史的に正確なイメージを提示した。コミック・ブックで語られた長編「小説」として、また、同様にアニメーションとして。
 パドロンは、Elpidio Valdés contra el tren militar(エルピディオ・バルデス対武装列車;1974年)で監督デビューした。同じようなエピソードの続編がそれに続いた。1979年、ICAICの20周年の機会に、Elpidio Valdés(エルピディオ・バルデス)と題されたキューバで始めての長編アニメーションを製作した。2本目の長編Elpidio Valdés cóntra dolar y caňón(エルピディオ・バルデス対ドルと銃;1983年)で、その受けの良い反逆者は依然として独立のために戦っていた。今回は武器販売業者やスペインのスパイに立ち向かった。漫画漫画した絵と程良い量のユーモアで作られていて、これらのアドベンチャー映画は若者たちの間で大人気になっただけでなく、学者たちの間でも人気が出た。
 多産なアーティストであるパドロンは別な企画でも同じように働いた。その中には、賞を取った短編La silla(椅子;1974年)やLas manos(両手;1976年)がある。1980年に彼はFilminutoを始めた。1985年に、アルゼンチンの漫画家でユーモリストのホアキン・'キノ'・ラバドJoaquin 'Quino' Lavadoとの共同制作でQuinoscopioのシリーズを開始した。その同じ年に3作目の長編Vampiros en la Habana!(ハナバの吸血鬼)を発表した。吸血鬼が日中活動できる発明の陽気な大騒ぎの物語である。ホラー映画とギャング映画の結婚、それは、「楽しい露骨な戯画」とヴァラエティVariety紙で歓迎された。注目すべきユーモリストのパドロンは、その膨大な作品において、文化の要求と娯楽の必要性を結びつけバランスさせた。と同時に、彼と同世代のキューバのアニメーターたちに対してリーダーシップを発揮した。

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2015/08/26

インヒアレント・ヴァイス

 トマス・ピンチョン原作(LAヴァイス)の映画「インヒアレント・ヴァイス」(ポール・トーマス・アンダーソン監督)のブルーレイがもう出ると知り、予約注文して入手。先日鑑賞。前半、ところどころ居眠り。ビッグフットが日本人シェフの食堂で「もっと、パンケーキ」(バックに坂本九の歌声が流れる)と日本語で叫ぶ辺りから見ているのが面白くなる。劇場で見たかった。ジョイランド沼津があったら上映してくれたと思う。

 「インヒアレント・ヴァイス」再見。今度は寝ずに見たが、2時間半連続して見ることは、用事が入ってできず。2度目に見ても、面白いのはロス市警の刑事ビッグフット。What's up,Doc?と言い、チョコバナナを人参のように食べるのはまるでバッグスバニー。原作のカートゥーン(ダフィ・ダックの迷探偵物)的な部分をこれで表現。でも、原作のドタバタ喜劇性は抑えれられていて、フィルムノワールな部分が前面に。これは賢い映画化だと思う。原作は2クールの30分テレビドラマ風の作りで、そのまま映像化したら多分12時間くらいになるので、どこかの要素を捨てないといけない。アンダーソン監督はそこをうまく処理したと思う。

 原作は当時の音楽がガンガン流れている感じであるが、この映画は60年代の懐かしい曲が次から次へと聞こえてきそうで、聞こえてこない。当時の音楽は坂本九の「スキヤキ」(上を向いて歩こう)のようにかすかに聞こえているシーンが多い(「ギリガン君SOS」のテーマはどこに使われていたんだ?)。

 いかれた歯医者を演じていたのは、マーチン・ショート!この役柄にショートを使ったのは、山椒のようなスパイスだ。

 原作の「LAヴァイス」を読んだときにも思ったが、やっぱり映像化されるとロマン・ポランスキー監督ジャック・ニコルソン主演の「チャイナタウン」を強く連想させる。特に夕陽に染まるシーンは。わざとアンダーソン監督がやっている可能性もある。

 主役のホアキン・フェニックス、ビッグフットを演じたジョシュ・ブローリン、コーイ・ハリゲンの妻役のジェナ・マローン、昔見た映画の子役だったんだ。ナレーションとショーティレッジを担当したジョアナ・ニーサムが、実は、女優陣で一番気になった。なんと、ハーブ奏者でシンガーソングライターなんだそうだ。どんな曲を演奏してるんだろう。

 P.K.ディックの「スキャナー・ダークリー(暗闇のスキャナー)」も思い出させる麻薬中毒者たち。原作にあるSFな部分はばっさりカットされている。「三大怪獣地球最大の決戦」は「ローマの休日」だというのもカット。ただし、ゴジラという単語は最初の方でセリフにある。

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2015/04/05

リミティッド・アニメはUPA

  ’WHEN MAGOO FLEW ’というUPAについての研究書を読んでから、UPAの作品をまとめて見てみたいと思っていた。そこで、amazon.comでUPAの作品集のDVDボックスセット('UPA THE JOLLY FROLICS COLLECTION'と'Mr.Magoo The Theatrical Cartoons 1949~1959')を入手して、やっと見終わった。見終わって素直な感想を言えば、「ジェラルド・マクボイン・ボイン」「ルーティ・トゥート・トゥート」「庭の一角獣」がベスト3であることは確かで、それ以外のものを今まで見ていなかったからといって、悔しがる必要はまったくない、ということだ。マグーについては、劇場用カートゥーン末期に、ど近眼の頑固親父のアニメをこれだけたくさん、よく製作したなあ、ということに尽きる。マグーはテレビ・シリーズ版を子供の頃テレビで見ていたけれど、すごい面白い話があったという記憶はない。テレビ・シリーズ版のDVDも発売されているので、こちらを見る方が懐かしさを感じるかもしれない

 見終わって、一番驚いたのはTHE MAGIC FLUKE。「世界アニメーション映画史」では「魔法の笛」という邦題が与えられているが、この邦題が誤訳であることと、アヴェリーの「へんてこなオペラ」の先行作品であったということが分かったことだ。「魔法の指揮棒」というのが原題の意味である。「へんてこなオペラ」を見ている人なら魔法の指揮棒と言われれば、あ~あ、あれね、という指揮棒である。「世界アニメーション映画史」の邦題の根拠は分からないのだけれど、FLUKEをFLUTEと勘違いした訳だとは思う。作品を見ていさえすれば魔法の笛など出てこないのは一目瞭然。その上、アヴェリーのギャグを先取りしているわけだから、筆者の一人である望月信夫さんがそれについて書かないということはありえない。不思議だ。

UPA THE JOLLY FROLICS COLLECTION

DISC1
ROBIN HOODLUM 1948 J.Hubley 「ロビン・フッドラム」
THE MAGIC FLUKE 1949 J.Hubley 「魔法の笛」
THE RAGTIME BEAR 1949 J.Hubley
PUNCHY DE LEON 1950 J.Hubley
THE MINER'S DAUGHTER 1950 R.Cannon
GIDDYAP 1950 A.Babbit 『ギディ・アップ』
THE POPCORN STORY 1950 A.Babbit 『ザ・ポップコーン・ストーリー』
THE FAMILY CIRCUS 1951 A.Babbit 『ザ・ファミリー・サーカス』
GERALD McBOING BOING 1951 R.Cannon 「ジェラルド・マクボイン・ボイン」
GEORGIE AND THE DRAGON 1951 R.Cannon 『ジョージとドラゴン』
THE WONDER GLOVES 1951 R.Cannon
THE OOMPAHS 1952 R.Cannon 『ジ・ウームパーズ』
ROOTY TOOT TOOT 1952 J.Hubley 「ルーティ・トゥート・トゥート」

DISC2
WILLIE THE KID 1952 R.Cannon
PETE HOT HEAD 1952 P.Burness
MADELINE 1952 R.Cannon 「げんきなマドレーヌ」『マデレーン』
LITTLE BOY WITH A BIG HORN 1953 R.Cannon
THE EMPEROR'S NEW CLOTHES 1953 T.Parmelee
CHRISTOPHER CRUMPET 1953 R.Cannon 「クリストファー・クランペット」
GERALD McBOING BOING'S SYMPHONY 1953 R.Cannon 『ジェラルド・マクボイン・ボインズ・ミュージック』
THE UNICORN IN THE GARDEN 1953 W.T.Hurtz 「庭の一角獣」
THE TELL-TALE HEART 1953 T.Parmelee 「告げ口心臓」
BRINGING UP MOTHER 1953 T.Parmelee
BALLET-OOP 1954 R.Cannon
THE MAN ON THE FLYING TRAPEZE 1954 T.Parmelee
FUDGET'S BUDGET 1954 R.Cannon

DISC3
HOW NOW BOING BOING 1954 R.Cannon 『ハウ・ナウ・マクボイン・ボイン』
SPARE THE CHILD 1955 A.Liss
FOUR WHEELS NO BRAKES 1955 T.Parmelee
BABY BOOGIE 1955 P.Julian
CHRISTOPHER CRUMPET'S PLAYMATE 1955 R.Cannon
THE RISE OF DUTON LANG 1955 O.Evans
GERALD McBOING! BOING! ON PLANET MOO 1955 R.Cannon「マクボイン・ボイン遊星ムーへ行く」
THE JAYWALKER 1956 R.Cannon 『ザ・ジェイウォーカー』
TREES AND JAMAICA DADDY 1958 L.Keller & F.Crippen 『ツリーズ・アンド・ジャマイカ・ダディ』
SAILING AND VILLAGE BAND 1958 L.Keller & F.Crippen
SPRING AND SAGANAKI 1958 L.Keller & F.Crippen
PICNICS ARE FUN AND DINO'S SERENADE 1959 L.Keller & F.Crippen


Mr.Magoo The Theatrical Cartoons 1949~1959

DISC1
RAGTIME BEAR 1949 J.Hubley 「ラグタイム・ベア」
SPELLBOUND HOUND 1950 P.Burness 『スペルバウンド・ハウンド』
TROUBLE INDEMNITY 1950 P.Burness 『トラブル・インデムニティ』
BUNGLED BUNGALOW 1950 P.Burness
BAREFACED FLATFOOT 1951 J.Hubley
FUDDY DUDDY BUDDY 1951 J.Hubley 『ファディ・ダディ・バディ』
GRIZZLY GOLFER 1951 P.Burness
SLORRY JALOPY 1952 P.Burness
THE DOG SNATCHER 1952 P.Burness
PINK AND BLUE BLUES 1952 P.Burness
HOTSY FOOTSY 1952 W.T.Hurtz
CAPTAINS OUTRAGEOUS 1952 P.Burness 『キャプテンズ・アウトレージャス』
SAFETY SPIN 1953 P.Burness
MAGOO'S MASTER PIECE 1953 P.Burness
MAGOO SLEPT HERE 1953 P.Burness
MAGOO GOES SKING 1954 P.Burness
KANGAROO COURTING 1954 P.Burness
DESTINATION MAGOO 1954 P.Burness

DISC2
MAGOO'S CHECK-UP 1955 P.Burness
WHEN MAGOO FLEW 1955 P.Burness 「マグーの空中旅行」『ホエン・マグー・フルー』
MAGOO MAKES NEWS 1955 P.Burness
MAGOO'S EXPRESS 1955 P.Burness
MADCAP MAGOO 1955 P.Burness
STAGE DOOR MAGOO 1955 P.Burness
MAGOO'S CANINE MUTINY 1956 P.Burness
MAGOO GOES WEST 1956 P.Burness
CALLING DR.MAGOO 1956 P.Burness
MAGOO BEATS THE HEAT 1956 P.Burness
MAGOO'S PUDDLE JUMPER 1956 P.Burness 「マグーの海底旅行」『マグーズ・パドル・ジャンパー』
TRAIL BLAZER MAGOO 1956 P.Burness
MAGOO'S PROBLEM CHILD 1956 P.Burness
MEET MOTHER MAGOO 1956 P.Burness
ROCK HOUND MAGOO 1957 P.Burness
MAGOO'S MOOSE HUNT 1957 R.Cannon
MAGOO'S PRIVATE WAR 1957 R.Lariva
MAGOO GOES OVER BOARD 1957 P.Burness

DISC3
MATADOR MAGOO 1957 P.Burness
MAGOO BREAKS PAR 1957 P.Burness
MAGOO'S GLORIOUS FOURTH 1957 P.Burness
MAGOO'S MASQUERRADE 1957 R.Lariva
MAGOO SAVES THE BANK 1957 P.Burness
MAGOO'S YOUNG MANHOOD 1958 P.Burness
SCOUTMASTER MAGOO 1958 R.Cannon
THE EXPLOSIVE MR.MAGOO 1958 P.Burness
MAGOO'S THREE-POINT LANDING 1958 P.Burness
MAGOO'S CRUISE 1958 R.Larriva
LOVE COMES TO MAGOO 1958 T.McDonald
GUM SHOE MAGOO 1958 G.Turner
BWANA MAGOO 1959 T.McDonald
MAGOO'S HOME COMING 1959 G.Turner
MERRY MINSTREL MAGOO 1959 R.Larriva
MAGOO'S LODGE BROTHER 1959 R.Larriva
TERROR FACES MAGOO 1959 C.Ishi&J.Goodford 『テラー・フェーシズ・マグー』

DISC4
1001 ARABIAN NIGHTS 1959 J.Kinney 「近眼のマグー・千一夜物語」

邦題は、「 」は「世界アニメーション映画史」、『 』は「マウス・アンド・マジック」のもの

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2015/02/22

注文したのを忘れていた本

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amazon.comから、'DISNEY DURIG WORLD WAR Ⅱ HOW THE WALT DISNEY STUDIO CONTRIBUTED TO VICTORY IN THE WAR’JOHN BAXTER/Disney EDITIONS;2014 が突然届いてびっくりしてしまった。大分前に予約注文していたのを忘れてしまっていたのだ。

 内容は、タイトルにある通りで、第二次世界大戦中のプロパガンダ作品(「総統の顔」「空軍力の勝利」などなど)や兵士などのトレーニングフィルムについて、さらには、military insignia という戦闘機や爆撃機の機体などに描かれる部隊のマスコット・キャラクターについて(Hank Porterという画家が中心になって無償で製作した・・・)、ディズニーのアーカイブになる資料を元にして書かれた本である。プロパガンダやトレーニング・フィルムはDVDやネット上でかなりの数見ることができるが、それらがどのような目的でどんなスタッフで作られたかは、このような本がないとわからない。

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 戦時中に企画されて結局は製作されなかったGremlinsについても1章が割かれていて、残されたキャラクター・デザイン表などがカラーで掲載されている。このグレムリンのデザインは、ワーナー漫画の短編「クレムリンからのグレムリン」Russian Rhapsoday(1944年ロバート・クランペット演出)などに出てくるグレムリンにそっくりである。ロアルト・ダールの「グレムリン・ロア」に使われた挿絵か何かに原型があるのかなあ?この本に載っているディズニー・バージョンのグレムリンには女の子(というより女性というべきか)がいて、これがディズニーらしからぬ色っぽさ。

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