2026/06/06

娘たずねて三千里だと思ったら、または、「シラート」はしらっと通れない

 オリベル・ラシェ監督の「シラート」を見た。砂漠の中でのレイブパーティ(ビートの効いた、というより、ビートしかない音楽に合わせて体を動かす集団)。そこに不似合いな男と男の子。家を出て行った娘を捜すためやって来たが、娘はいない。次の会場に向かう参加者たちについて行くが、これが砂漠地帯の道なき道を行くのである。親子の乗るシトロエンのミニバン、エバシオン(脱出という意味。この名前だからこの車が使われたように思える)ではなかなかきつい。パリ・ダカール・ラリーみたいなものかと思って見ていると、ちょっと退屈になってくる。子連れの危険な旅だったら「マンダロリアンとグローグ」の方が息をつかせず面白く見れたぞ、と思う。
 ところが、突然、このラリーのようなものが「恐怖の報酬」に変わる。ええ、親子の感動ものではなかったのかと、ここで気づく。過酷な状況で、弱い存在から命が奪われていく。突然線路の上を走っていく映像になるのだが、車で走っているはずなのに変だなと思う。これはラストシーンで種明かしされる。シラートとはやっと渡れる幅の小さな橋のことで、生と死の間という意味らしい。過酷な砂漠を安全に通過できるのはこの細い線路しかない、ということなのだ。これはかなり凝った社会寓話の映画である。

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2026/03/31

LOONY TUNES COLLECTOR'S VAULT2

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予約注文した'LOONY TUNES COLLECTOR'S VAULT2'が届いた。DISC1の最初の方に記憶にないタイトルの作品が並んでいたので早速見て、資料を調べた。'Ain't That Ducky'(1945) 'The Bird Come C.O.D.'(1942) 'Bone Sweet Bone'(1948) 'The Daffy Duckaroo'(1942)は日本未公開、'Boulevardier from the Bronx'(1936) 'Country Boy'(1935)は劇場のみで公開、邦題は順に「都の大選手」「いたずらウサ公」。どれも初めて見た。'The Bird Come C.O.D.'はチャック・ジョーンズの初期監督作品で遠近感を強調した動きが面白い。'The Daffy Duckaroo'は黒白版でノーマン・マッケイブ監督作の西部劇パロディ・ミュージカル。歌うダフィ!
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 ここまで調べてきて、昨年秋に入手した'LOONY TUNES COLLECTOR'S VAULT1'をチェックしようとしてそのままにしていたことに気付いた。CARTOON LOGICから出た'AESOP'S FABLES The 1920s Voi.1'も同じころ入手して3作くらい見てそれっきりになっていた。近日中に全部ちゃんと見なければ。
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2026/03/23

アニメ3番勝負+1

「花緑青の明ける日に」「アメリと雨の物語」「パリに咲くエトワール」の3作品をこの1週間くらいで見た。3作品とも方向性は多少異なるがアニメーションの限界に挑戦し、その可能性を押し広げることに成功している力作である。このうちのどれがいいのかということは、ほぼ見た人の趣味(好み)で決まると言っていい。ということで、自分の好みに従ってこの3作に順位をつけると、1位「アメリと雨の物語」2位「花緑青の明ける日に」3位「パリに咲くエトワール」となる。1位2位の差は実は小さく、3位は上位2作よりちょっと差がつく。単純に言えば、一番ジブリ的で、観客動員もしている「パリに咲くエトワール」が自分には合わなかった、ということである。

 「パリに咲くエトワール」は、原作ありでないオリジナル・アニメということは評価できるのだけれども、絵描きを志望する主人公の異国の地での葛藤の物語ですっきり展開させればよいものを、バレエをやりたい友人の物語も同じように扱い、さらにはこちらの方にストーリーの重心が移ってしまって、「絵は大丈夫?」となってしまったのが残念だ。

 「花緑青が明ける日に」は、美術的に画面全体が統一されている作品が増えてきている中での真打的作品だと思う。全体が日本画的な水彩画として統一されていて美しい。水軍の砦のような、ジャングルジムのような煙火店の構造に、こういう建造物にワクワクさせられた子供の心が覚醒する。ところで、花緑青って緑青とあるし青い色が出るのは銅だから、銅の酸化物なのだろうと思って調べてみたら、酢酸銅と亜ヒ酸銅の複塩、という危ない物質だった。見終わった時、ロベール・アンリコ監督の「冒険者たち」を見た時のような気分になった。懐かしい日産のラシーンが登場する。突如、物体アニメになるシーンも面白い。

 「アメリと雨の物語」について、片渕須直監督「自分としては、1960年代の日本と、そこにいた自分自身の幼児期の、解像度高い追体験となりました。」まったく同感。特にザ・ピーナッツの歌声が、それを強調する。シネプラザ・サントムーンで見てきたのだけれど、劇場ロビーには休日らしくお客さんが大勢いたが、「アメリと雨の物語」は私一人。もっと多くの人に見てもらいたいなあ。月曜の午後の時間帯に見に行った「花緑青が明ける日に」がそうなるんじゃないかと思っていたらそれなりに人が入っていたのに。美術的な統一ということではこの作品も「花緑青が明ける日に」と同レベルか上回っている。外国のスタッフが1960年代の日本をこんなに違和感なく再現しているのにも驚く。「マーティ・シュープリーム」も同じように1950年代の日本をきちんと再現していて驚いたが、なにか流行りのようなものがあるのか。

 その「マーティ・シュープリーム」だが、卓球のシーンに違和感がなく、日本人選手が分厚いスポンジだけを張ったラケットを使っていて、その打ち方は現在のような粘着性のあるラバーによる打法とは違っているのだが、それも再現されていて、監督は相当に卓球が好きな人ではないかと思った。日本チームのコーチ役に卓球コラムニストの伊藤条太を起用しているくらいだから、かなりのものだろう。

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2026/01/15

年始の映画三昧

 今年最初の映画は「エディントンへようこそ」。アリ・アスター監督なので一筋縄ではいかない映画。1か所、魔術的なカットつなぎをしたところがあって、これだけでも見た価値はあった、と思った。基本は西部劇。本当に怖いのは、クライマックスの後の淡々と続く後日談。

 基本西部劇だなというのは「ロストランズ 闇を狩る者」も同じだった。予告編を見て、見にいく気なった作品。予告編で感じたこれは面白いかもの直感はまちがいでなかった。蒸気機関車と満月になった時に現れる怪人が見もの。似たような異世界冒険譚として、暮れに細田守監督「果てしなきスカーレット」も見たが、こちらはシェークスピアの「ハムレット」にこだわり過ぎた感じ。異世界の設定にちょっと無理があると見ている時点で疑問が湧いてきてしまうのが問題。面白く見た後に反芻してみて、かなり大胆な設定だったのね、になったなら傑作なんだけど。

 ジョイランドシネマで「チャップリン」が2週間限定で上映され、「ガメラ誕生60周年記念 昭和ガメラ映画祭」もやってくれる。これは見に行かねばとまず「チャップリン」を見てきた。喜劇王チャップリンというより、息子の作家マイケルが、自分にロマ、ジプシーと呼ばれて差別されて差別されてきた人々の血が流れていることを確認する映画だった。油彩画のような幻想的なアニメショーンによる過去の再現やロマの音楽のシーンがいい。

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2025/12/31

2025年CS等で見た映画

 今年は123本。家庭の事情で昨年よりもさらに録画数より見れる作品数が減ってハードディスクには見てないものがたくさんたまった状態である。

 123本中の今年の一本は、東映チャンネルで見た「宝島遠征」である。監督は小林恒夫。主演は美空ひばり。1956年、つまり私が生まれた時の作品である。エノケン、益田喜頓、川田晴久など当時の喜劇俳優総登場。桃太郎の鬼退治のオペレッタ化したミュージカルである。とにかく楽しい、面白い。美空ひばり主演であるが、実際には、エノケンの「孫悟空」に美空ひばりが出ている感じである。その次が「肉弾」か。昔の邦画では「日本の青春」も面白い。ドキュメンタリーの「東京裁判」は今見る価値があった。

 劇場公開時に見逃して以来今まで見る機会がなかったが、見たらかなり面白かった「フェリスはある朝突然に」。「リコリス・ピザ」「ブレット・トレイン」は最近の公開作だがその時に見逃して見てみたかったもの。後者の日本の描き方(特に地理的関係)が少しおかしくて、話自体もかなりぶっ飛んでいるのが、楽しかったりする。前者は期待しすぎた感じである。

 ベルイマン「第七の封印」(4K修復版)「野いちご」「処女の泉」はすでに何回か見ているが、今年もまた見てしまった。ハリーハウゼンの「シンドバッド黄金の航海」「シンドバッド7回目の航海」も同様。「『シンドバッド7回目の航海』の思い出」というドキュメンタリーも見て、CGでない「特撮」の手作りの良さを思う。

 同様な監督特集ものでは、全く見たことのなかったジョージアのオタール・イオセリアーニ監督「四月」(中編)「落葉」「歌うつぐみがおりました」「田園詩」「蝶採り」「素敵な歌と舟はゆく」「月曜日に乾杯!」「唯一、ゲオルギア」3部作を見たが、処女作の「四月」が一番興味深く見れた。同じく見たことのなかったハンガリーのタル・ベーラ監督「ファミリー・ネスト」「ダムネーション/天罰」は後者の方が面白く感じた。ジャン・ユスターシュ「わるい仲間」「ママと娼婦」も見たが、この二人ほど印象に残らなかった。

 ヨーロッパの監督作品では、フィンランドのユホ・クオスマネン監督「コンパートメンNo,6」が忘れがたい。「アノーラ」でロシア人のガードマンを演じたユーリー・ボリソフが似たような役柄で出ている。この作品から「アノーラ」に出ることになったようだ。

 学生時代に石井隆の劇画「天使のはらわた」に衝撃を受けたので、その映画化(主に日活ロマンポルノ)作品を見てみたが、原作者本人が監督した作品よりも、最初の映画化である池田敏春監督の「天使のはらわた 赤い淫画」の方が原作の淫靡さを持っていた。ついでに、金子修介のデビュー作「宇野鴻一郎の濡れて打つ」も見てみたが、これが何と「エースをねらえ!」のパロディで、18禁同人誌というかオタク男子の妄想の映像化というか、主演の山本奈津子も可愛いので楽しかった。

 アニメは劇場公開作というよりは、テレフィーチャー作品の「ニンジャ・バットマン」「ニンジャ・バットマン対ヤクザリーグ」が、楽しかった。「出撃バットフェニックス」という往年のロボット・アニメの主題歌を彷彿とさせる曲(しかも歌うは堀江美都子!)が流れた時には腰を抜かした(自分と同学年の堀江美都子が二十歳くらいの時と同じように今も歌えるというのは驚異だ)。

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2025/12/26

Tom and Jerry The Golden Era ANTHOLOGY

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 トムとジェリーのハンナ=バーベラ作品114本コンプリートブルーレイがアメリカで発売されたので予約購入した。円安なので1万円を超える買い物になったが、画質はもちろん、音質も良く(私はこちらの方に驚いた)、完全オリジナルで収録されていて、さらに、後述する、関係者へのインタビューが入っているドキュメンタリー(本国でテレビ放映されたと思われるもの)、「錨を上げて」「濡れたら危険」のアニメーション合成シーン、トムとジェリーではないハンナ=バーベラ作品3本のオマケがついていて、さらに、20作品に研究者などによる音声解説がついている。「トムとジェリーの本」を買ってくれた人たちには、特にお薦めしたい。

(収録作品)
DISC1 (1)Puss Gets the Boot 上には上がある ~ (22)Quiet Please! ただいまお昼寝中
DISC2 (23)Spring Time for Thomas 春はいたずらもの ~ (46)Tennis Chump テニスなんて楽だね
DISC3 (47)Little Quacker 母をたずねて ~ (72)The Dog House お家はバラバラ
DISC4 (73)The Missing Mouse 恐怖の白ネズミ ~ (97)That's My Mommy 素敵なママ
DISC5 (98)The Flying Sorsererss 空飛ぶほうき ~ (114)Tot Watchers 赤ちゃんは知らん顔
DISC6 Special Features(特典映像集) (1)Lady of the House:The Story of Mammy Two Shoes (お家の淑女:足だけおばさんの物語)2025年作 (2)Animal Hijinks:The Friends and Foes of Tom and Jerry (動物たちの大騒ぎ:トムとジェリーのお友だちやライバルたち)2025年作 (3)The Midnight Snack 夜中のつまみ食い のペンシルテスト (4)Cat and Mouse:The Tales of Tom and Jerry (ネコとネズミ:トムとジェリー物語)2007年作 (5)Tom and Jerry:Behind the Tunes (トムとジェリー:音楽の裏側)2004作 (6)Animators as Actors (アニメーターは俳優)2005作 (7)Dangerous When Wett濡れたら危険のアニメ合成シーン (8)How Bill and Joe Met Tom and Jerry (ビルとジョーはいかにしてトムとジェリーに出会ったか)2004年作 (9)Vaudville,Slapstick and Tom and Jerry (ボードビル、ドタバタ喜劇とトムとジェリー)2011年作 (10)The Comedy Stylinngs of Tom and Jerry (トムとジェリーの喜劇のスタイル)制作年不明 (11)Anchors Aweigh錨を上げてのアニメ合成シーン (12)ハンナ=バーベラ作の短篇3本 Good Will to Man(1955年;ヒュー・ハーマンのPeace on Earth動物たちの国づくり 1939年のリメイク) Give and Tykeつかまるのはごめん(1957年) Scat Cats名犬チビ(1957年)

 特典映像の(1)はトムの住む家の黒人メイドに焦点を当てたもので、このメイド像はビクター・フレミング監督の「風と共に去りぬ」(1939年)に登場するメイドと同様当時の典型的イメージである、ということから始まって、1960年代に黒人たちの差別に対する抗議運動の全米的高まりから、黒人の描き方に対して映画製作者たちが非常に気にするようになり、ジューン・フォーレイが声を演じた白人女性に書き換えられた・・・という内容である。この黒人メイドの声を演じた女優リリアン・ランドルフLillian Randolphについても、貴重な出演作の映像も入れて紹介している。英語字幕が出せる仕様であってほしい内容である。(2)は我らが「トムとジェリーの本」でキャラクター総進撃と題した記事の映像版である。トムさんの恋のお相手を並べて見れるのだが、やっぱり、最後のお相手は・・・である。(3)はペンシルテストのフィルムと実際の作品を並べて収録されていて、ペンシルテストが実際の上映時間と同じに作られていることがわかり、単純に動きの確認をしているだけではないのがわかる。実に貴重である。(4)~(6),(8)~(10)は、ビル・ハンナ、ジョー・バーベラの晩年のインタビュー映像やレナード・マーチン、ジェリー・ベック、ジョー・アダムソンなどの私にはおなじみの研究者、当時のスタッフなどのインタビューで構成されたドキュメンタリーである。トムとジェリー関係文献の映像版である。なかなか貴重な映像もある。これらも英語字幕が出てほしいな、思う。このディスクは時間があるときに時間をかけて見たいと思っている。

 

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2025/12/14

昨日はゴーシュ上映会だった

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 昨日無事終了。お客さんが入るかどうか不安でしたが、8割弱の入りで安心(予想外に高齢な方多い)。また、映写係でしたが、昔のようにフィルム上映ではないので、楽でした。才田さん、なみきさんの貴重な話に熱が入り、才田さんに絵を描いてもらおうと用意した模造紙のことを忘れかけるくらいでした。
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2025/11/02

カセットデッキ買い替え

 いまさら何と言われそうだが、カセットデッキを買い換えた。TEACのW-850F(写真上)から同じくTEACのW1200へである。カセットテープにしかない音源を少し持っている、というか、捨てずに残してあるためである。W-850Fはだいぶ前に7再生以外の操作(早送り、巻き戻し)ができなくなっていて、その時には、再生だけでもまだできるからいいか、ということでかなりの期間放置状態。ところが最近、知り合いから、そのテープに録音してある曲は貴重な音源だからデジタル化したら、と言われて、多そうかと思い、デジタル化の方法を検討した。その結論が、デジタル出力ができるTEACのW1200への買い替えである。
デジタル化したらと言われた曲は、さっそくデジタル化した。その曲が入っているテープ(1969年に初めて買ったカセットテープ)全体もデジタル・コピーした。他にも貴重なものを順次デジタル化するつもり。
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2025/10/24

高畑勲監督「セロ弾きのゴーシュ」静岡上映会

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 「世界アニメーション映画史」の著者の一人伴野孝司さんから、久しぶり(約30年ぶり)に上映会をすることになったので手伝ってほしい、と連絡があって主催者の一員として準備に関わっています。多くの人に見に来てほしいなあ、と思っています。

上映会の詳細

 日時:12月13日(土)開場13:30   14:00上映開始  15:15トーク~質疑応答
           終演16:00

 会場:静岡市 グランシップ2階 映像ホール
 チケット:1500円 主催:しあにむ/SCM

 上映作品:「セロ弾きのゴーシュ」原作:宮沢賢治  監督・脚本:高畑勲  63分

 トーク:作画監督の才田俊司氏、なみきたかし氏

 

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2025/06/20

電脳の歌 スタニスワフ・レム

 スタニスワフ・レムの新刊「電脳の歌」を読み終えた。

 量子力学を学んでいた頃、本書の中核をなす「トルルルとクラパウツィウスの七つの旅」が「宇宙創世期ロボットの旅」というタイトルで集英社から出ていたのを読んで、今回の翻訳では「探険旅行その三、あるいは確率の竜」と題されている短篇に、笑い転げてしまった。量子力学が「竜子力学」(あるいは素粒子論が「素竜子論」)と呼べるものに翻案されていたからである。理解に苦しむ量子力学の根本の発想が、これほど面白い「おとぎ話」に換えられていた痛快さ。この瞬間に、自分にとってのSF作家のナンバーワンはレムだ、となって、その評価は今でも変わらない。この新訳で読み直したわけだけれど、40年前ほどには面白さを感じなかった。それは、量子力学の理解が自分の中で進んでしまったためか、それとも、この間に量子力学ネタの小説・映画をたくさん目にするようになったためか。今回読み直すと他の短編で現在の量子情報理論につながるものもあるのに驚く。この短篇集の作品は、1作を除いて主に1965年に書かかれていることも驚異である。現在の情報と物理学の重なり合い、最先端の科学技術の話題がすでに語られているのである。

 例えば、「探険旅行その六、あるいは、トルルルとクラパウツィウス、第二種悪魔を作りて盗賊大面を打ち破りし事」の第二種の悪魔は、マックスウェルの悪魔の本質を明確にしたシラードのエンジンに似ている。実は、シラードのエンジンなるものは最近、情報と物理学の関係の雑誌記事を読んで知ったので、昔読んだ時に比べるとこの短篇は面白く感じられた。1965年にシラードのエンジンを知っていたと思われるレムは、時代に先駆けた感覚を持っていたのだろう。シラードがこのエンジンについて最初に発表したのは1929年だけど、自分が物理学生だった頃はあまり話題になっていなかったが(逆に、情報のエントロピーと熱力学のエントロピーを同一視するのは危ないという注意の方がなされていたように思う)、このところ情報は物理だという考え方が一種の流行になっていて再注目されているのである。

 完全な初紹介の「ツィフラーニョの教育」は訳者泣かせの言葉遊びが特徴。特に「一人目の解凍者の話」は音楽用語が中心になったもので面白い。「二人目の解凍者の話」はどこが面白いのだろうか、と思って読んでいるうちに、唐突に終り、それで、この短篇も終わってしまう。はしごを外されて宙ぶらりんの状態に読者は置き去りにされる。何か深い意図はあるのかないのかも不明のまま。これもレムだ。

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