2017/02/19

「この世界の片隅に」についてのツィートのまとめ(注釈付き)

1月15日
 昨日シネプラザ・サントムーンの夜の回で「この世界の片隅に」を見た。人がたくさん入っていてクラウドファンディングに参加した者として、嬉しい状態だった。最低もう1回は見ないと、きちんとした感想は書けない、奥の深い作品である。でも、好か嫌いかで比べると「アリーテ姫」の方が好きなんだよな。
(待ちに待った地元のサントムーン柿田川の映画館での上映初日に見に行った。)

1月31日
 久しぶりに弟に会ったら、「この世界の片隅に」に名前見つけたけど、出資した?って聞かれてびっくり仰天。なんと弟は近くでやっていなかったので12月に東京まで行って見たそうだ。ちなみに「シンゴジラ」は5回見たといっていた(こちらは自分よりゴジラファンだったから想定内)。
 弟とアニメや特撮の話をしたのは実に30数年ぶり。まんが祭りへ行くかチャンピオン祭りに行くか争った小学校時代が懐かしい(結局、大抵どちらにも父親に連れて行ってもらえたのだが)。
(確認したら、まんが祭りやチャンピオン祭りが始まったのはもうちょっと後で、私が中学生になってからだった。)

2月1日
 シネプラザサントムーンでの「この世界の片隅に」の上映が2月10日(金)まで延長になった!

2月5日
 なんと再延長!14日にある某会で宣伝できる!
(この再延長で17日までになった。14日の某会で話ができたのだが、思い入れが強すぎて、どうもうまく話せなかった。自分の趣味をこの時の話で初めて知った人が多くてびっくりされた。)

2月11日
 再々延長はない模様なので今晩家族でサントムーンに行き、「この世界の片隅に」を見た。新たに気づくことが沢山あったし、見終わった後の気分も違う。2度目を見て、初めて見た時とこんなに違う気分になった映画は初めてだ。今回の方が、月並みだが、愛しい者を失う厳しい辛い話としてずしんと来た。
(このツィートは、なんと片渕監督その人にリツィートされた!)

2月12日
 なんと再々延長!!!
(これで、2月24日までの上映になった。)

2月16日
 呉には行ったことがないので「この世界の片隅に」の軍港呉の景色は、勤務先の学校の修学旅行でハワイに行き現地の高校を訪れたときに見下ろしたパールハーバーの景色に、似ていると思った。パールハーバーに係留されているミズーリは大和とほぼ同じ大きさ、装備の戦艦である。呉空襲に重なる真珠湾攻撃。
(この感想は、最初に見たときに思ったこと。)

2月18日
 本日午前の回で「この世界の片隅に」の3回目。自分の名前を探す方に気を取られてきちんと見れなかったクラウドファンディング参加者名の下に出る絵をじっくりと見た。最後まできちんと見てね、という話はその通りであった。家に帰ってから、DVDで未見だった「マイマイ新子と千年の魔法」も見た。

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2016/05/08

UB IWERKS' WILLE WHOPPER

 ThunderBeanから発売されたアブ・アイワークスの1933~34年作のウィリー・フーパーシリーズのブルーレイ・ディスクを入手。8mmフィルムを直輸入している頃一番信頼できる業者としてたびたび利用したことがあるBlackhawk Filmsのタイトルも出てきて、懐かしく感じた。アイワークスの作品では、日本でもパブリック・ドメイン物でコミカラー・シリーズが見れるし、カエルのフリップは'Spooks'をBlackhawk Filmsから買って所有している.。このシリーズは初見。本国でも多分初めての発売であろう。
 ディズニー・プロをやめた後、パット・パワーズと契約してMGMから配給された作品である。白人少年のウィリーが主人公で、俺はこういうことしたんだぜ、という一種のホラ話シリーズである(夢オチみたいなもの)。ウィリーのキャラデザインは一貫せず、4作目以降かなり太った少年になってしまうが、このデザインが変わた4作目までが面白い。5,6作目はカラー作品であり、海賊デイビー・ジョーンズや地獄の赤鬼などが登場してそれなりに力を入れて作られているのがわかる。アニメーターとしてグリム・ナトウィック、音楽としてカール・ストーリングが参加している作品がある。ナトウィックが参加している作品は作画のレベルが高くなっているのがわかるが、後期作品ではそれ以外にほとんど見どころがなかったりする。後期作品でそれ以外に見るべきところがあるとすれば、マルチプレーンを使用していることである。シリーズの初期作品が面白く感じられる理由の一つに、ベティ・ブープ的な動きが妙にエロいおねーさんが登場することが挙げられる。

作品リスト
1 The Air Race(飛行機競争) 1933 MGMからは公開されなかった作品。
2 Play Ball(プレー・ボール) 1933 べーブルース登場。
3 Spite Flight(意地悪飛行) 1933 1のリメイク版。
4 Stratos-Fear(成層圏の恐怖)1933 これが私のベスト1、SFである。
5 Davy Jones'Locker(デイビー・ジョーンズの戸棚)1933 カラー。
6 Hell's Fire(地獄の炎)   1934 カラー。
7 Robin Hood Jr(ロビン・フッド・ジュニア)1934
8 Insultin'the Sultan(対決!サルタン)1934 いわゆる「土人」多数登場。
9 Reducing Creme(やせ軟膏) 1934 パン屋の夫婦のダンスシーンが面白い。
10 Rassling Round(レスリング)1934 レスリングの試合に出る靴磨きのウィリー。
11 The Cave Man(洞窟人)   1934 ターザンである。
12 Jungle Jitters(ジャングルの恐怖) 1934 ベティ・ブープみたいな原住民の娘。
13 The Good Scout(善きボーイスカウト)1934 一日一善の発表。
14 Viva Willie(ウィリー、バンザイ)  1934 西部のウィリー。

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2015/11/07

キューバのアニメーション史

 以前、フアン・パドロンの「ハバナの吸血鬼」というキューバの長編アニメについて書いたのだけれど、今年のアニメ総会でキューバのアニメを紹介しようと、キューバのアニメについて何か文献はないかと捜して、かのベンダツィ先生の「アニメ百年史」Cartoonsの中に見つけて、訳してみた。

  Giannalberto Bendazzi:Cartoons(1994年)より 

キューバのアニメーションの最初の作品は、Napoleón,el faraón de los sinsabores(ナポレオン、苦悩する専制君主;1937年)、漫画家のマヌエル・アロンソManuel Alonsoの2分の黒白作品である。原作の漫画はEl pais gráficoの日曜版に連載されたもので、このフィルムは大成功を収めたが、アロンソのアニメーションでの仕事を十分に支えるほどではなかった。そのすぐ後の画家のロゼニャーダRoseňadaとシルビオSilvioのMasabiというキャラクターを用いたアニメーションの企画は失敗に終わった。
 グアンタナモでルイス・カスティーヨLuis CastilloがCoctel musical(音楽のカクテル;1946年)を製作した。そのタイトルにもかかわらずこの作品はサイレントだった。さらに、El jíbaro y el cerdito(農夫と子豚;1947年)を製作。一方、セザー・クルツ・バリオスCéser Cruz Barriosに率いられたグループがサンティアゴデクーバで設立された。何作かの実験の後、このグループはキューバで最初のカラー短編El hijo de la ciencia(科学の子;1947年)を発表した。この作品は大成功とはいえなかったが、彼らはドキュメンタリー、ニュース映画、実写映画に興味の中心をおき続けた。
 1950年代に、限られた期間の広告やテレビ業界の発展で少数の作品が作られた。広告代理店Agencia Siboneyが何人かの若い画家を雇った。彼らは後にキューバ最初の真にアニメーションと呼べる作品を作った。
 1959年3月24日、カストロ革命の後に、Instituto Cubano de Arte y Industria Cinematográfico(ICAIC;キューバ芸術映画産業協会)が設立され、アニメーションに関わる小さな部署がその中にできた。この部署のリーダーはヘスース・デ・アルマスJesús de Armasで、イラストレーターのエデュアルド・ムニョーズ・バッチスEduardo Muňoz Bachsや他の共同制作者と仕事をしていた。このときの最初の作品はLa prensa seria(真面目な出版社;1960年)だった。それは大人の観客を意識した政治的な諷刺で、次のような意図があった。すなわち、
 「・・・私的出版で出された名誉毀損と嘘の公開告発および、それに対して規制が必要であるという声明である。美術的には、UPAで典型的に使用されているグラフィックな表現を採用している。」
 ヘスース・デ・アルマスは、新しい社会を再建するための支援を見出すことを目的とした行動主義者に関するフィルムの製作を始めた。El tiburon y las sardinas(サメとイワシ;1961年)は帝国主義と革命の間の闘争について議論していた。La raza(1961年)は人種差別の不合理さを展開した。La quenma de la caňa(籐畑の火;1961年)とRemenber Girón(ヒロンを忘れるな;1961年)はアメリカ合衆国の侵略の脅威を図解した。デ・アルマスは、最初の「物語」アニメーション映画El cowboy(カウボーイ;1962年)も監督した。1967年に彼は画業から引退したが、ア二メーションの世界とは関係を持ち続けてキューバにおけるアニメ製作を手助けした。
 この時期の最も興味深い作品は、Los indocubanos(キューバインディアン;1964年)である。モンデスト・ガルシア・アルバレスMondesto Garcia Alvalez(マタンサス、1930年生)が監督した。優雅なペン画で作られた歴史映画で、ヨーロッパ人が到着する前のキューバの人々を共感的に描いていた。この映画に使用された絵は後に同じタイトルの本になった。スパニヤード・エンリク・ニカノールSpaniard Enrique NicanorのEl gusano(虫;1963年)も同様にこの時期の注目の作品である。
 1960年代半ばのキューバのアニメは様々な理由で下り坂となる。外国、初めはアメリカ、後にはチェコスロバキアとポーランド、の影響で、キューバのアニメーションの自発的な活動を低下させてしまった。また、教育映画は常にキューバで制作されてきた。例えば、El realengo(王室の家督;1961年)、あるいは、ヘスース・デ・アルマスのAEIOU(アエイオウ;1961年)。このような教育映画は政治的な作品や芸術的な作品より優先されてきた。
 1965年に、ルイス・ロヘリオ・ノゲラスLuise Rogelio Noguerasの Un sueňo en le parque(公園の展望;1965年)というキュービズムの影響を受けた平和主義者の作品が、洗練され知的過ぎて観客の要求を満足させられないと批判された。もっと伝統的で民族主義的な文脈では、エルマン・エンリケスHermán HenríquezがOsaín(1966年)で民間伝承を脚色し、同様に民間伝承に触発されたOro rojo(赤い黄金;1969年)で賞賛された。レイナルド・アルフォンソLeinald Alfonsoは、伝統的な歌を元にしたQuiero marinero ser(水兵になりたい;1970年)で人気を得た。教育映画の分野では、中心人物はオーストラリア人画家のハリー・リードHarry Readeで、反帝国主義者のパンフレット、La cosa(物)を製作した。
 1970年代の初頭に、ICAICのアニメーション部門は再編され、再出発した。子ども向けの作品を作ることが望まれて、キューバの権威者たちはアニメーションに向かった。国内の何箇所かで、子供たちにとって何が適当で何が適当でないか定義する会議が開かれた。と同時に、アニメーションはその教育的目的を維持せねばならず、その表現手段は子供たちの要求に適合せねばならなかった。2つのカテゴリーが作られた。その1番目は2歳から7歳で、2番目は8歳から14歳であった。1番目のグループに対応する作品は動植物に命を与えたファンタジーで会話は制限された。より年上の子供たちに対する作品は、良く考えられたキャラクターとプロットを持つアクションとアドベンチャーに焦点が当てられた。トゥリオ・ラッヒTulio Raggi(ハバナ、1938年生)とマリオ・リバスMario Rivas(サンタクララ、1939年1月29日生)は主に若い方のグループ向けの作品を作り、フワン・パドロンJuan Padrón(カルデナス、1947年1月29日生)(訳注:本人のプロフィールと出身地が違うがどういうことなのか?)は年上の子供たち向けの仕事に特化していた。
 これらのアーティストたちの貢献は1980年代に入るまで続き、この時代にキューバのアニメーションのスタイルの実験が始まり、大人向けのテーマが発展し始めた。1964年にEl profesor Bluff(ブロフ先生)でデビューしたラッヒは、El cero(ゼロ;1977年、数学)El tesoro(宝物;1977年、地理)のような楽しい教育映画や次のようなキューバの歴史に基づく3本の映画を発表した。El negrito cimarrón(小さな黒人の逃亡奴隷;1975年)、El trapiche(きび引き器;1978年)、El palenque de los esclavos cimarrones(避難所;1978年)。最後の作品は黒人奴隷の反乱と山岳地帯への逃避に基づいている。1983年にラッヒはEl alma trémula y sola(震える孤独な魂)を製作した。これは建国の父ホセ・マルティJosé Martíの追放に関するアダルトな主題についての静止画で作られた作品だった。そのタイトルはマルティによる詩の一節そのものである。1890年のニューヨークの濃い空気の中で、この作品は暴動への準備をしている間のマルティの日常の雑事と記憶を描いている。
 マリオ・リバスはParque forestal(森林公園;1973年)でデビューした。彼の子供向けのたくさんの作品の中には、Feucha(みにくい女の子;1978年)やLa guitarra(ギター;1978年)がある。1981年にEl deporte nacional(国民の娯楽)というキューバで特別に人気のある野球の発展と拡散についての作品を監督した。真面目な教育者であるリバスはFilminuto(ハバナのスタジオの様々な作者による短編のコレクション)のシリーズの中のエピソードで刺激的なユーモアを見せた。彼の最高傑作と考えられているのは、El bohío(1984年;ヤシの木の小屋)である。ヤシの木の小屋は国への侵略者により何度も何度も破壊されるが、カストロによる独立の宣言まで、ある家族により毎回再建される。ギャグとリズムに富んだキューバの歴史についてのこの簡明な小論は、巧みなイデオロギーと娯楽のミックスである。
 次のようなコミック・ブックのアーティストもアニメーションに貢献した。例えば、マヌエル・’リロ’・ラマールManuel'Lilo'Lamar(マトホMatojoという彼のキャラクターとともに)、セシリオ・アビレスCecilio Avilés(セシリンCecilínとコティCotiとともに)、そして、とりわけ、フワン・パドロン。15歳のときからパドロンは二メーションに興味を示していた。フワン・パドロンは、ヘスース・デ・アルマスのスタジオで一時期基本的な仕事を学んでいだ。さらに、アーティストとしての彼の教育はコミック・ブックで始まった。1970年に、エルピディオ・バルデスElpidio Valdésという彼のキャラクターは、子供週刊誌Pioneroのページで生まれた。バルデスは「マンビmanbi」、すなわち、スペインの植民地主義者と独立のために戦う、19世紀のキューバの愛国者である。風習や物、制服、さらには食べ物まで広範囲の調査の末に、パドロンは子供たちの先祖の生活の歴史的に正確なイメージを提示した。コミック・ブックで語られた長編「小説」として、また、同様にアニメーションとして。
 パドロンは、Elpidio Valdés contra el tren militar(エルピディオ・バルデス対武装列車;1974年)で監督デビューした。同じようなエピソードの続編がそれに続いた。1979年、ICAICの20周年の機会に、Elpidio Valdés(エルピディオ・バルデス)と題されたキューバで始めての長編アニメーションを製作した。2本目の長編Elpidio Valdés cóntra dolar y caňón(エルピディオ・バルデス対ドルと銃;1983年)で、その受けの良い反逆者は依然として独立のために戦っていた。今回は武器販売業者やスペインのスパイに立ち向かった。漫画漫画した絵と程良い量のユーモアで作られていて、これらのアドベンチャー映画は若者たちの間で大人気になっただけでなく、学者たちの間でも人気が出た。
 多産なアーティストであるパドロンは別な企画でも同じように働いた。その中には、賞を取った短編La silla(椅子;1974年)やLas manos(両手;1976年)がある。1980年に彼はFilminutoを始めた。1985年に、アルゼンチンの漫画家でユーモリストのホアキン・'キノ'・ラバドJoaquin 'Quino' Lavadoとの共同制作でQuinoscopioのシリーズを開始した。その同じ年に3作目の長編Vampiros en la Habana!(ハナバの吸血鬼)を発表した。吸血鬼が日中活動できる発明の陽気な大騒ぎの物語である。ホラー映画とギャング映画の結婚、それは、「楽しい露骨な戯画」とヴァラエティVariety紙で歓迎された。注目すべきユーモリストのパドロンは、その膨大な作品において、文化の要求と娯楽の必要性を結びつけバランスさせた。と同時に、彼と同世代のキューバのアニメーターたちに対してリーダーシップを発揮した。

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2015/10/10

deep dream

 友人がやっているのを見て、やり始めたら、面白い。グーグルのdeep dream。

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2015/09/12

第46回全国アニメーション総会伊東大会

 私たちが主催となる今年のアニメ総会は下記のように実施されます。例によって、まだまだ申込者が少ないので、このブログにも内容をUPしておきます。申し込み締め切りは、9月30日です。

          記

●日 時 2015年10月24日(土)午後3時 受付開始  午後4時 開会
       10月25日(日)午前10時 チェックアウト

●内 容  恒例の大宴会(自己紹介・サークル紹介を兼ねる)
        盛りだくさんな上映
        静岡総会らしい深夜上映(非アニメ)

●会 場  山喜旅館 静岡県伊東市東松原町4番7号  TEL:0557-37-4123

●定 員  60名(小学生、幼児を含む)

●参加費  一 般 12,000円 幼児 実費(寝具)
     ※原則全額銀行振り込み先払い

●申込締切 9月30日(水)必着(定員になり次第締め切ります。


*詳しくは次のURLで
https://onedrive.live.com/redir?resid=472E48B82B315602!8128&authkey=!AM6SbPavwRtO3n0&ithint=folder%2cpdf

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2015/08/26

インヒアレント・ヴァイス

 トマス・ピンチョン原作(LAヴァイス)の映画「インヒアレント・ヴァイス」(ポール・トーマス・アンダーソン監督)のブルーレイがもう出ると知り、予約注文して入手。先日鑑賞。前半、ところどころ居眠り。ビッグフットが日本人シェフの食堂で「もっと、パンケーキ」(バックに坂本九の歌声が流れる)と日本語で叫ぶ辺りから見ているのが面白くなる。劇場で見たかった。ジョイランド沼津があったら上映してくれたと思う。

 「インヒアレント・ヴァイス」再見。今度は寝ずに見たが、2時間半連続して見ることは、用事が入ってできず。2度目に見ても、面白いのはロス市警の刑事ビッグフット。What's up,Doc?と言い、チョコバナナを人参のように食べるのはまるでバッグスバニー。原作のカートゥーン(ダフィ・ダックの迷探偵物)的な部分をこれで表現。でも、原作のドタバタ喜劇性は抑えれられていて、フィルムノワールな部分が前面に。これは賢い映画化だと思う。原作は2クールの30分テレビドラマ風の作りで、そのまま映像化したら多分12時間くらいになるので、どこかの要素を捨てないといけない。アンダーソン監督はそこをうまく処理したと思う。

 原作は当時の音楽がガンガン流れている感じであるが、この映画は60年代の懐かしい曲が次から次へと聞こえてきそうで、聞こえてこない。当時の音楽は坂本九の「スキヤキ」(上を向いて歩こう)のようにかすかに聞こえているシーンが多い(「ギリガン君SOS」のテーマはどこに使われていたんだ?)。

 いかれた歯医者を演じていたのは、マーチン・ショート!この役柄にショートを使ったのは、山椒のようなスパイスだ。

 原作の「LAヴァイス」を読んだときにも思ったが、やっぱり映像化されるとロマン・ポランスキー監督ジャック・ニコルソン主演の「チャイナタウン」を強く連想させる。特に夕陽に染まるシーンは。わざとアンダーソン監督がやっている可能性もある。

 主役のホアキン・フェニックス、ビッグフットを演じたジョシュ・ブローリン、コーイ・ハリゲンの妻役のジェナ・マローン、昔見た映画の子役だったんだ。ナレーションとショーティレッジを担当したジョアナ・ニーサムが、実は、女優陣で一番気になった。なんと、ハーブ奏者でシンガーソングライターなんだそうだ。どんな曲を演奏してるんだろう。

 P.K.ディックの「スキャナー・ダークリー(暗闇のスキャナー)」も思い出させる麻薬中毒者たち。原作にあるSFな部分はばっさりカットされている。「三大怪獣地球最大の決戦」は「ローマの休日」だというのもカット。ただし、ゴジラという単語は最初の方でセリフにある。

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2015/05/28

イミテーション・セオリー

 イギリスの二人の天才科学者を主人公にした映画が地元の映画館で上映されていたので見てきた。より知られていない人を扱った作品の方が観客が入らなくて、すぐ打ち切られてしまうんではないかと、コンピュータの父、アラン・チューリングが主人公の「イミテーション・ゲーム」の方を先に見た。ところが、その後、こちらの方に人が多く入っているらしく、「博士と彼女のセオリー」の上映が日に1回になってしまって、慌てて見に行った。

 「イミテーション・ゲーム」では、ドイツ軍の暗号を解読するために作った機械がガチャガチャ動くシーンで「怪奇大作戦/恐怖の電話」の電話交換機のシーンを連想した。最後の権利回復についての字幕がない方が、色々考えさせる映画になったのに。

 「博士と彼女のセオリー」(原題は、万物理論)は、スティーブン・ホーキングよりもその妻のジェーン・ホーキングが主人公の映画だった。調べてみたら、ジェーン・ホーキングの夫との回想録が原作だった。よく、こんながちがちの理系の難病を抱えた人物と結婚生活を続けられたなあ、と思ったら…

 映画としてはチューリングを描いた「イミテーションゲーム」の方が出来がいいんだけれど、「博士と彼女のセオリー」はジェーンを演じたフェリシティ・ジョーンズがいいんだなあ。

 「博士と彼女のセオリー」で、ホーキングと「ペントハウス」の購読を賭けて勝ったキップ・ソーンが講演会にいるようだけど、ちょっと自信がなかった。エンドクレジットのキャストにキップ・ソーンの名があって、やっぱりそうだったかと思った。演じた役者名までは読み取れなかった。誰がやってたのか?調べてみたら、エンゾ・シレンティという役者さんだそうだ。

 「博士と彼女のセオリー」で、ホーキングが声を失いコンピュータ合成のロボットみたいな声を手に入れた後、「2001年宇宙の旅」のHALの真似をしているシーンがあって声を出して笑ってしまった。近くにいたおばさんたちには、自分が笑っている理由がわからなかったようだったけど。

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2015/02/22

注文したのを忘れていた本

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amazon.comから、'DISNEY DURIG WORLD WAR Ⅱ HOW THE WALT DISNEY STUDIO CONTRIBUTED TO VICTORY IN THE WAR’JOHN BAXTER/Disney EDITIONS;2014 が突然届いてびっくりしてしまった。大分前に予約注文していたのを忘れてしまっていたのだ。

 内容は、タイトルにある通りで、第二次世界大戦中のプロパガンダ作品(「総統の顔」「空軍力の勝利」などなど)や兵士などのトレーニングフィルムについて、さらには、military insignia という戦闘機や爆撃機の機体などに描かれる部隊のマスコット・キャラクターについて(Hank Porterという画家が中心になって無償で製作した・・・)、ディズニーのアーカイブになる資料を元にして書かれた本である。プロパガンダやトレーニング・フィルムはDVDやネット上でかなりの数見ることができるが、それらがどのような目的でどんなスタッフで作られたかは、このような本がないとわからない。

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 戦時中に企画されて結局は製作されなかったGremlinsについても1章が割かれていて、残されたキャラクター・デザイン表などがカラーで掲載されている。このグレムリンのデザインは、ワーナー漫画の短編「クレムリンからのグレムリン」Russian Rhapsoday(1944年ロバート・クランペット演出)などに出てくるグレムリンにそっくりである。ロアルト・ダールの「グレムリン・ロア」に使われた挿絵か何かに原型があるのかなあ?この本に載っているディズニー・バージョンのグレムリンには女の子(というより女性というべきか)がいて、これがディズニーらしからぬ色っぽさ。

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2014/12/30

インターステラー

 クリストファー・ノーラン監督「インターステラー」を見た。SFファンの複数の知人が褒めていたので期待した。期待を裏切らないできではあるが、「ゼロ・グラビティ」や「ミスター・ノーボディ」を見たときのようなカタルシスは感じなかった。相対論的効果によって子供の方が年をとってしまうというのをきちんと映像化した作品は今までなかった、という意味で画期的ではある。

 テレビに良く出る早稲田の大槻教授がどこからともなく新粒子が出現してしまう幽霊みたいなものを許す理論は正しいとは思えないと評した、ランドールらが主張する重力しか伝わらない余剰次元(空間第5次元)理論を元にしたストーリーなので、大槻先生が言うようなポルタガイスト現象があって面白い。重力を利用すればコミュニケーションできる、というのは、かのキップ・ソーン博士(その名前がときどきモノリス化するロボットに使われている)がかかわっているからか。

 懐かしいジョン・リスゴーやマイケル・ケインが出ているのが良かった。特に、ジョン・ファウルズの「魔術師」の映画化「怪奇と幻想の島」で、博士を名乗る人物に翻弄され何が本当かわからなくなり困惑する主人公を演じたケインが、老物理学者役で逆に主人公を翻弄する側に回っているのが面白かった。「愛と嘘」という観点から見れば、「魔術師」の宇宙版であって、ハードSF的なものは体裁だけと言える(これが実は残念なのだ)。日本では話題になったことがない「怪奇と幻想の島」が急にDVD発売されたのは「インターステラー」のためだったのかな。

 これはあの有名なSF映画、これはあのSF小説だな、と思えるシーンが続出だけれど、再び宇宙に飛び立っていく主人公には、レムの「星からの帰還」の主人公を連想した。

 地球の環境悪化を初めの方でかなり執拗に描いていて、そのシーン中に、ドキュメンタリー・タッチの老人たちの話がところどころで挟まり、ちょっとした違和感とともに、宇宙へ出ることを納得させるアリティを感じた。このちょっとした「違和感」は、最後の方でそういう仕掛けだったのか、と解消するのがノーラン監督流。

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2014/11/15

佐藤良明・訳「重力の虹」トマス・ピンチョン

 旧訳をやっと翻訳されたと20年ほど前に読んだ。その時に、自分が慣れ親しんでいる分野の用語や表現が全然きちんと訳されていなかったことで、出版社にそのことについて手紙を書いた。そうしたら、訳者の代表者から返信があり、「重力の虹」の攻略本を出す予定なので執筆者の仲間になって欲しい、とあった。その後、このことについて何の連絡も来ず、10年がたって、このとき送った手紙を元に、ピンチョンへのオマージュのホームページを作った。このホームページを作っているときには知らなかったのだが、旧訳の出版元である国書刊行会は「重力の虹」を絶版にしていた。それから、また10年。今度は、原文を確認しながら読むということにはならないだろうと思ったのだが、やっぱり、第3部の「イン・ザ・ゾーン」からところどころで原文を確認することになった。もちろん、その回数は旧訳のときよりはるかに少ない。原書は、旧訳のときに持っていたペーパーバックはボロボロになってしまったので、買い直した大判のPENGUIN GREAT BOOKS OF THE 20TH CENTURY版である。

 最後の1節「落下」で、主人公の祖先のウィリアム・スロースロップ作の賛美歌を歌いましょうというところで、「弾むボールに合わせてどうぞ」と訳されていて、「バウンシング・ボール」とカタカナでは訳されてはいなかった。フライシャー兄弟作の「小唄漫画」などで何作か、ボールが歌詞の上を弾んで歌う部分を示す作品を自主上映で見ていて、これが「bouncing ball」というものだと、解説者の森卓也さんから教えられた者にとって、弾むボールだと卓球をしているようで、しっくりこない。今回は訳注が付いているのだが、バウンシングボールが登場する映画(アニメ)があって、バウンシングボールで観客にさあ一緒に歌いましょうと歌詞を示すのは、その映画のエンディングであり、歌はテーマソングであるということまで説明すべきであろう。私にとって「重力の虹」は、そのエロ・グロ・ナンセンスさ、メカや発明へのこだわり、キャブ・キャロウェイなどへの言及、話のスムーズな繋がりなど気にしないなどの点から、フライシャー兄弟が作ったかもしれないバウンシングボール付き大長編漫画映画なのである。旧訳よりもそういう雰囲気が濃厚な今回の佐藤良明の訳文である。

 ピンチョンが「重力の虹」を書き始める頃、1965年にマイケル・アンダーソンが監督した「クロスボー作戦」という、ドイツ軍のV2号ロケット開発計画を突き止め、それを阻止しようとするイギリス政府とその諜報機関の活躍を描いた映画がある。レーザーディスクで発売されたときに初めてこの映画を知り、「重力の虹」の参考になるんじゃないか、というか、もしかしたら元ネタ?、という興味で買って見た。戦争アクション映画としてみるとそれほど面白い出来ではないが、キャストはソフィア・ローレンやらジョージ・ペパード、トレーバー・ハワードなどなどといったオールスター・キャストの映画で、特撮もなかなかである(この映画の特撮スタッフの多くはその後「2001年宇宙の旅」に参加している)。初めの方で描かれるドイツのロケット開発の様子のリアルさと、後半のスパイアクションのB級映画っぽさの対比が、元ネタとまでは行かずとも、何がしかのインスピレーションをピンチョンに与えたと考えたくなる作品だ。


 今回の佐藤良明・訳でも、ちょっと不満足であった箇所について、以下に示す。

 下巻の580~581ページで、イミポレックスGというピンチョンが創作したプラスティックについての疑似科学的説明が、いまひとつ、それらしくないんだな。

(訳文)
 (a)導線による薄いマトリックスを、<イミポレックスG>の表面に近づけ、両者に密接な相互作用システムを形成する。
(原文)
 (a)a thin matrix of wires,forming a rather close-set coordinate system over the Imipolectic Surface

coordinate system ときたら、「座標系」とするのが物理学的な説明の常である。 matrix は科学用語としても色々訳語があるが、縦横がきちんとそろった「行列」あるいは「表」みたいなものと解するのが妥当だろう。

 「薄い導線を縦横に張り巡らしてイミポレックスGの表面上に密着させた座標系を形成する。」

 この方が、「勃起」を含むコマンドを限定的な領域に送り込める仕組みとして具体的に理解できる。

(訳文)
 科学の他分野における「超音波領域」や「重心」
(原文)
 "Supersonic Region"or"Center of Gravity"in other areas of Science

これは旧訳と同じミス。Supersonic は「超音速」である。サイエンスの綴りの先頭が大文字になっているんで、このサイエンスは特定のサイエンス、つまり、ロケットについてのサイエンスであると解釈するのが妥当。ロケットは超音速で飛行しているのだ。


(訳文)物理的変形φR(x,y,z)がもたらしうる機能上の乱れγRは、<イミポレックス>の下層における乱れγBの有するより強力なパワーpに正比例する(ただしpは整数とは限らず、経験的に決定される)
(原文)"Probable functional derangement γR resulting from physical modification φR(x,y,z) is directly proportional to a higher power p of sub-imipolectic derangementγB, p being not necessarily integer and determined empirically

 これは旧訳と同じpowerの誤訳。「Xの2乗」の「乗」の意味のpowerとしないと、物理の理論でよく出てくる説明のパロディになっているということが伝わらない。2つの物理量xとyの間に何らかの関係がある場合、xが別な物理量tと関係していて、X=at+bt^2+ct^3+・・・t^pとなるときに、yがtのp乗のpという数に比例している、というような関係になる場合がある。多数についての統計的な量の関係の場合、このような説明が案外出てくる。また、二次関数、三次関数、という用語があるが、この二次、三次は2乗、3乗のことで、三次関数以上は高次関数などという。ここで使われているhigherはこの「高次」を意味する。xの何乗ということを考えるとき、普通整数乗を考える。「pについて整数とは限らない」と注釈しているわけだから、明らかにpはp乗の意味である。

 「物理的変形φR(x,y,z)がもたらしうる機能上の乱れγRは、<イミポレックス>の下層における乱れγBのより高次の乗数pに正比例する(ただしpは整数とは限らず、経験的に決定される)」


 さらにもう一つ。旧訳よりは良くなっているが、「重力の虹」である以上「重力」についての真打ちを示す用語を、もっとストレートに訳して欲しかった部分。下巻654ページ。

(訳文)
 離散していた種子が万有引力で内側に向かって結集することのささやかなプレビューであり、救世主が落ちた火花を集めることの予行演習である。
(原文)
 seeds of exile flying inward in a modest preview of gravitational collapse,of the Messiah gathering in the fallen sparks

gravitational collapse は「重力崩壊」と訳される一般相対論的宇宙論の用語で、星のコアがつぶれて自重に耐え切れずに無限に小さくつぶれていき、ついにはブラックホールとなる様子を示す用語である。ブラックホールという用語は「重力の虹」が出版されたころホィーラーによって作られた言葉で、ピンチョンが執筆していた頃にはなかった言葉だ。ブラックホールという言葉がもっと早く作られ現在のように一般化していたら、きっとここにブラックホールと書いたと思う。

 「離散していた種子が内側に向かって飛んでいく。ブラックホールへと突き進む重力崩壊の、救世主が落ちた火花を集めることの目立たないプレビューの中で。」

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