2016/05/15

いろいろな装備がついている、その2

 C4ピカソの運転席のシートには、シート・アンダー・トレイがついている。その昔、シャトル55iで同じ装備がされていて案外便利だった。今まで乗っていたC4にも助手席の方についていた。確か、シャトルはシューズを入れられるくらいの大きさがあったが、初代C4も2代目C4ピカソもそこまで大きくない。C4の時は車検証をアンダー・トレイに入れていたが、今度のピカソでもダッシュボードのボックスがそれほど大きくないので、車検証を入れることにした。
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 昨日になるまで気が付いていなかった装備を発見。ラゲッジ・ルームの左側のライトが取り外し可能で、取り外すと懐中電灯になる。これのお世話になることは通常はないだろうが、何かの折には使えそうだ。
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2011/09/23

タイヤの拾い物

 今朝仕事に行く途中、C4の右側のタイヤ付近から異音がすることに気が付いた。仕事先の駐車場で、右フロント・タイヤかなと見たら特に何もない。それでリア・タイヤを見た。大き目のボルトのようなものが刺さっていた。台風によりどこからか飛んできたのをどこかで拾ってしまったようだ。シトロエン沼津に電話して相談し、スペアタイヤに付け替えて、仕事が終わってから、サービスに行くことに。久しぶりに自分でタイヤ交換したら、筋力が衰えているのを実感。こんな見事に釘類が刺さったのは、20年くらい前に2代目シビック・シャトルに乗っていたとき以来だ(この2代目シャトル、3回くらい釘類が刺さってパンクしたことがあった)。6月の点検時にそろそろタイヤの交換時期かも、という相談をサービス担当者としていたこともあって、これを機会に、タイヤを新しくすることにした。
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 他にC4で気になるのは、ウインドウォシャー液の出が悪いこと。テールゲートには全然出てこない。これは、C4ではよくある症状のようだ。

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2011/02/03

復活のシャトル

 このところ、シビック・シャトルで検索してこのブログにきている人が多いなあと思ったら、エアウエイブの後継車がフィット・シャトルとなって近日発売になるためらしい。シビックという名前は日本では消えてしまうそうだが、シャトルは復活するわけだ。シビック・シャトルに乗っていた者としては、ちょっと複雑な気分。フィット・シャトルにはハイブリットもあるということなので、発売されたら試乗してみたい。

 モデルチェンジしたC4もフィット・シャトルと同じ頃日本発売になるらしい。ラゲッジ・スペースが拡大されるのは魅力だが、内外装のデザインは普通な感じ、というか、アウディA3あたりに擦り寄ってしまっているようで、ちょっと好きになれない。DS4は少し遅れて発売になるようだが、こちらのデザインの方がシトロエンらしいし、ミッションも6ATになるようで、魅力的。

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2010/11/16

シビックが消える日

 シビックがついに国内販売中止となった。シビック・シャトルに初代・2代目計12年、約25万km乗った者としては、シビックという名前がなくなるのは、やっぱりさびしい。ブルーバードもコロナもファミリアもとっくになくなっているわけだから、シビックも現行のセダンにモデルチェンジしたときに、別名になっていてもおかしくはなかった。逆に、今ここで販売中止するくらいなら、その判断をもっと早くして、現行のシビック・セダンを別名で出していていた方が、もっと売れたようにも思えてくる。フィットとアコード(オデッセイ)の間には、ストリームだけということになるのだが、この間に何か新しい車種を出すことを、ホンダは考えているのだろうか? 新型シビックの国内ヴァージョンはハイブリットのみという噂があったが、これがまったく新しい名前で出てくるのだろうか?

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2007/10/15

伊良湖黒潮総会

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 第38回アニメ総会に行ってきました。部屋割りがSCMグループで一緒だと思っていたら、自分だけ、久しぶりに参加するオールド・アニメファン(今回の主催サークルTACを作り、上京してアニメーターになった後、SL写真家として有名になった南正時さんなど)部屋に。参加者の顔ぶれを見て、こちら側に入れられても仕方がない年齢になってしまったか、と妙に納得する。

 シトロエンC4で出かけたので、東名走行中に気になるクルーズコントロールを使ってみたが、不具合は発生せず。前回急に使えなくなった時と同じように、設定速度を変えるということを何度かしてみたが、問題なし。いったい、突然使えなくなるというのは何だったのだろう。

 伊良湖とアニメ総会というと、1982年第13回総会の時(参加者全員でアニメを作るという企画がメインで、当時学生だった庵野秀明がいかにも庵野らしい作画をしたのが記憶に残っている)、やはりTAC主催で知多半島の内海で行われた時に、この伊良湖からフェリーに乗っていったことを思い出す。そのときと同じように東名を浜松インターで降りて1号線から湖西市白須賀の交差点で42号線に入っていった。82年の時の記憶は薄れ、88年に当時勤めていた職場の同僚と買い換えたばかりのシャトル56iで伊勢に渡った時にも通ったなあと思いつつ、沿道の畑とメロン狩りの看板はその頃と余り変わっていないようだが、こんなに時間がかかったかなどとも思ってしまう。同じような光景は記憶の中でカットされてしまったのだろうな。

 かつて無理やり参加者にアニメを作らせたTACだからか、いや、自主制作のTACだったから(今回の総会でかつての作品集が8ミリ映写機で上映された)、今回、3秒間18枚のパラパラアニメの「宿題」があった。作画用紙をスキャナで取り込んでWEBページにして1秒約6枚のスピードでページを切り替えてアニメに見せるというものである。この「宿題」は任意であるが、悩んだ末、前日に18コマの絵を描いた。アニメになる絵を描くのは実に久しぶりである。自己紹介のときに、自分のものがスクリーンに映し出されるのだが、2CVでやってきたK.Jr.君も、まるで同じ発想だった。つまりは、C4のトランスフォーマーCFのもじりである。私はK.Jr.君のような画力はないので、単純な線画のメタモルフォーゼ・アニメにしたが、彼は自分の運転する2CVをきちんとロボットにした。しかも色つきで。
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 土曜の朝、出かけるまでに時間があったので、テレビのチャンネルをパラパラ回していたら、ケーブルテレビの自主放送チャンネルで、2000年7月にwowowで放送されたオーストラリアの鉄道の旅が放映されていた。ケアンズ、ロックハンプトン、ブリスベンという私が行ったことのある都市の紹介も入っているので、ちょっと懐かしく感じて見続けた(実はこの番組、初めてのオーストラリア、それもロックハンプトンに行くことになった時に、その直前に放送され、情報の少ないロックハンプトンという町の様子を知りたくて、見ていたのであった)。そして、今度ロックハンプトンに行くようなことがあったら、ブリスベンから列車で行くのもいいかもなどと思ったりしたのだが、よもやそのときには、総会で、南さんが鉄道写真家に転進したばかりの頃8ミリフィルムで撮ってきた、今はもう走っていないヨーロッパの特急列車の貴重な映像を見られるとは思ってもいなかった。こういうアニメ以外でも貴重な物が見られるのが、総会の良さだな。

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2007/09/18

トランスポート!

 CATVのムービー・プラスでリュック・ベッソンがプロデューサーの「トランスポーター」をやっていたので見た。開始早々のニースの町中でのBMWとプジョー307のパトカーのカーチェイスが痛快である。私にとってこのシーンが印象深くなるのは、主人公の運び屋(トランスポーター)の運転するBMWが追いつめられて絶体絶命の時に、なぜか2代目シビック・シャトル(フランス風のイエロー・バルブのヘッドライトになっている)を積んだカー・トランスポーターが現れて窮地を救うからである。これで、シトロエンC4が登場していたら凄いのだが、この作品は2002年の作なのでC4は出てこない。クライマックスでは、ルノーのトラックを追いかけて、ルノー5も煙を出して活躍する。

 凄腕の運転技術を持つ運び屋が、ある組織の「荷物」を運ぶことになったために、命を狙われるようになってしまうのだが、これって、リチャード・フライシャー監督の「ラストラン」だ。チャン・ツィイーかと見間違えた中国人女優が出てきて、ジャッキー・チェンかジェット・リーの映画みたいになっていくので、途中から「ラストラン」からどんどん離れて行くが、基本の設定は同一である。リメークといっても良いくらいだ。2002年はまだ、リチャード・フライシャーは生きていたから、この作品を見たかもしれない。

 この作品、劇場で見ておくべきだったなあ。

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2006/12/17

エラントラ5ドア

 12月9日から12日まで、出張でオーストラリアのケアンズにいた。その地で見た車で一番気になったのが、表題のヒュンダイ・エラントラ5ドアである。Erantraside
日本には4ドアセダンしか導入されていないが、ちょっとノッチの付いた5ドアが宿泊したホテルの駐車場に止まっていて、これいいなあ、と思ってしまったのである。スタイルを優先させた5ドアデザインの典型で手堅くまとめてあるのが、5ドア好きの心を刺激する。日本に導入されているのなら、直ぐにでも販売店を探して、試乗しに行くのになあ。Elantra2735

 その他の車で目に付いたのは、同じヒュンダイのGETSという車。日本ではTBという名前になっている、ヴィッツやフィットと同サイズの車である。TBは5ドアだけだが、ケアンズの街では3ドアの方がたくさん走っていた。ちょっと最近のラテン車系のデザインを思わせるところがあって、最初に見たときには、フィアットか?って思ってしまった。Gets2695
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よく見ると、3ドアはヴィッツに、5ドアはフィットに似ている。

 ホテルの駐車場で見た車で、他に気になったのは、日本にはなかったカローラの5ドア(どうあっても、やっぱり、5ドアに目が行ってしまうのである)。スプリンター・カリブ・ロッソ顔のものとそれより旧型の何代目かのカローラ顔のもの(昔だったらこういうのは直ぐに思い出せたのに、最近はてんで駄目である。年を取ったなあとつくづく思う)。Photo_1
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 キュランダにも行ったのだが、そのメインストリートで、懐かしい5ドア車を見つけて、思わずパチリ。2代目シビック・シャトルである。Kurandashutlerear海外ではシャトルのサブネームは使われなかったので、リアのエンブレムはシビックとあるだけ。グレードはRTX。

 帰りにカンタス航空の機内誌をぱらぱら見ていたら、新車情報のページがあり、C4ピカソがオーストラリアでは来年2月から導入になり、価格は350万円くらいだろうと出ていた。日本でも同じような価格になるのだろうか。導入時期は日本の方が遅くなりそうな気配だけれど。ケアンズにいた4日間では、シトロエンには1台も出会わなかった(ルノーのカングー、セニック(旧型)、プジョー206、307SW、407には出会った)。

 日本に帰ってきて、C4に乗ったら、シートの座り心地の良さに感激。B767のシートも悪くはなかったが、C4のシートの方が気持ちよい。

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2005/01/03

私の車歴その4「シビック・シャトル・56i」

56 88年の秋、シャトル56iに、乗り換えた。乗ってみてまず思ったことは、ボディサイズが一回り大きくなっているのに、室内空間に初代のような広々とした感じがない。運転席に座ると、頭上の空間自体は初代とあまり変わらず、十分である。でも、なにか開放感がない。で、前をよく見るとフロントウインドウの上端がおでこのすぐそばだ。初代よりもフロントウインドウが寝ているために、天井は高いのに、フロントガラスが顔に迫っていて、開放感につながらないのである。運転席の居住空間で注意すべきは、頭上高よりも、おでことフロントガラスとの距離の方なのである。今乗っているローバー・トゥアラーは、天井高は2代目シャトルよりも低いが、おでことフロントガラスの距離は、初代シャトルと同程度離れていて、圧迫感はない。

 次に気になったのは、シートの長さが短くなっていたことである。それで、カタログを調べてみたら、驚いた。2代目の方が、図面上は長さも幅も大きくなっていたのである。しかし、座ってみると、腿に当たるシートの端の位置が初代よりも確実に短いのである。それで、シートをよく見てみると、背もたれ部分の下端がだいぶ前にせり出していて、このために、実際に座る位置が前に出てしまうのであった。また、ホイールベースが、5cm長くなったのだが、後席に座ったときのニースペースは、逆に減っていた。シートが大きくなった分、膝前のスペースが少なくなったということなのだろう。いずれにしても、図面上の数値だけで実際の室内区間を判断してしまうことも、試乗した印象だけで居住スペースの大小を判断してしまうことも、問題があるということだ。

 以上のように、乗り始めてすぐの印象は、初代の良さ、すなわち、ボディサイズの割に開放感のある大きな室内空間というものが失われてしまっていることであった。しかし、確実に初代シャトルよりも良くなっている部分はあって、それは、各部品の合わせ目の精度は高くなって、車作りの仕上げが良くなったということである。また、ボディ剛性も上がり、サスペンション・ストロークも大きくなって段差を越えた時に底を打つこともなくなった。最終的に、2代目シャトルには足かけ7年、12万km乗り、その後弟に譲って、10年15万kmまで、問題なく走りきった。9万kmに迫ってきたあたりで、耐久性のなさを感じた初代よりも確実に耐久性もアップしていたと言えるだろう。結婚して、子供が生まれたときにも、この背の高いボディは実に便利だった。チャイルドシートから、特に寝てしまった子供を抱き下ろすときに、腰をかがめすぎずにすみ、楽だった。ラゲッジ・スペースがもう少し広ければベストな実用車になる、と今でも思う。このシャトルの再来になるのではと言われている、フィットベースの新型ワゴンに期待する。


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2004/11/18

私の車暦その3「シャトルからシャトルへ」

 1987年の秋、シビック・シリーズがモデル・チェンジし、4代目グランド・シビックとなった。シャトルがどう変わるか注目した。ところが、見かけ上、初代のシャトルで自分が良いなあと考えている、ある意味、当時の車としては異様にも感じられる特徴が、より普通になって、より万人受けするものになっていた。それで、ちょっとがっかりして、初代をさらに乗り続けることにした。一クラス上のアコードにエアロデッキなるものも登場していて、これが5ドアで出たのなら、少々無理してでも買い換えたいと思った。また、クイントにインテグラとサブネームがつき、かなりスタイリッシュな5ドアも出て、心を動かされた。ただ、初代シャトルの天井の高い開放的な空間の虜になっていたため、背の低い車に積極的に乗ろうという気にはならなかった。ホンダ以外の車には、この頃、興味がわかず、とりあえずは、車を買い換えるなら、次もホンダにしようと考えていた。Fー1でのホンダの活躍もそれを後押しした。

 ちょっと、時間をさかのぼって、スターレットに乗っていた頃、ワンダー・シビックが世に出る前に、一番次の車として乗ってみたいと考えていたのは、日産の5ドア車スタンザFXだった。値段が高かったのが諦めてしまう最大の原因となったが、この時、スタンザを選択していたら、その後の私の車生活はどうなっていただろうと、時々考える。スタンザ3兄弟は、結局売れなくて、すぐに姿を消してしまい、その反省のもとプリメーラが登場し、大ヒットする。スタンザに乗っていたら、その後は、プリメーラのイギリス逆輸入の5ドアに乗りかえ、そのまま現在まで乗り続けていて、やっぱり、ティーダにものすごく期待したかもしれない。

 で、初代シャトルに乗って5年目の翌88年、走行距離が8万キロを過ぎてきたあたりで、シートのへたりが気になって、クッションを使うようになった。当時、片道1時間を超える通勤で、もう、このシートに座っているのは限界だ、と感じるようになった。コンチェルトの登場もあって、買い替えを真剣に考え始めた。初代シャトルへの愛着が大きかったため、低すぎない車高とちょっとノッチの付いた5ドアスタイルとできの良いシートに心を惹かれたが、どうしてもコンチェルトとはならず、値引き幅がより大きかった2代目シャトルのマイナーチェンジ版を発売前に契約して購入することになった。

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2004/10/02

私の車暦その2「シビック・シャトル55i」

55 1983年半ば、ホンダから3代目シビック、いわゆるワンダー・シビックが発売された。今では珍しくなくなったビュレット・フォルムの3ドアがかっこいいとは思ったが、シャトルというサブネームを与えられた5ドアこそ、これからの車の形だと感じて、実車も見ずに、いとこの知り合いのディーラーの所長と1発交渉をして、購入を決めてしまった。もっとも、あれこれ試乗し比較して、車を決めようとしているのは、今回が初めてで、ほとんど毎回、価格交渉は1回で契約してしまっているが。

 実は、私は、小学4年生くらいから中学生にかけては、かなり自動車に興味を持っていて、小学生向けに書かれた自動車のメカの解説書などを読んで、これなら、自分でも作れるんじゃないかと思い込んでしまったくらいである。その頃、こんな形の車が欲しいと、いろいろデザイン画を書いてみたことを記憶している。5年生のときに、図画工作に時間に状差しを作ったのだが、セダンの形で作って、いい評価をもらったことを覚えている。また、モーターを使って動くものを作るという時には、自分なりに坂道の登坂力を出そうと、前輪駆動車を作ったりしていた。当時「キャプテン・スカーレット」というテレビ番組があったが、これに登場するワゴン形状のパトロールカーのリヤ・クォーター・ウインドウがルーフまで回り込んでいて、一種のサンルーフのようなデザインになっていた。この温室のようなデザインは、なかなかかっこいいと、思った。そして、この一時は忘れていた記憶が、10数年後にシャトルを選ばせることにもつながったような気がする。

 振り返れば、今流行のホンダのミニバンに不可欠な多彩なシートアレンジは、このシャトルから始まったといえる。かのオデッセイが初めて出たときに、「アコード・シャトル」と書いた評論家がいたくらいだ。

 ガラス面積が広く、頭上空間も充分にあって、閉じ込められている雰囲気がなく、実にリラックスできる室内空間だった。買った当時、みんなが珍しがり、乗せてくれとせがんだので、乗せてやったのだが、走り出してしばらくすると、みんな居眠りをしてしまう。それほど心地よい空間だったのだ。運転式席から振り返って後方を見たときに、天井のラインがまっすぐ伸びていて、このラインが実に美しいと感じた。2代目のシャトルではこのラインが受け継がれなくて、がっかりしたのを覚えている。

 この頃のホンダは、まだまだ最後発の自動車メーカーであって、初期不良の類や組み立て時の不具合が、ローバーほどではないが、あった。すべては、クレーム処理で無料で直してくれたが、リア・ハッチ付近から出る異音はなかなか解消されず、ボディ形状のせいで仕方がないかとあきらめかけた。ところが、1年点検に出したときに、戻ってきたら、直っていた。ディーラーのメカニックは詳しいことは教えてくれなかったが、対策部品が1年たってやっとできたのだろうと想像した。

 このシャトルは、カーグラフィック誌の長期テスト車に選ばれて、読者モニター募集があったので、応募した。この長期テスト記事に、異形ヘッドライトが暗いので、シビック・プロ用の部品を利用して、シビエの規格品の角型ライトに変えるという記事が出た。自分もヘッドライトの暗さが気になっていたので、メカニックに相談した。そうしたら、カー用品店でライトを買ってきてくれれば、取り付けますと引き受けてくれた。車検も心配だったが、それにも対応してくれるということだった。それで、ライトを変えたのだが、シビック・プロ用の部品だけでは取り付けがうまくいかず、わざわざ、ナットか何かを溶接してつけて取り付けてくれた。そのわりに、そんなに高い工賃も請求されず、ホンダのメカニックはさすがだなあ、などと思ってしまった。


 参考ページ
 http://www.honda.co.jp/factbook/auto/CIVIC/19830922/cv83-045.html

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