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2013/01/02

南の島のエイリアン

 四半世紀くらい前、ジャック・ショルダー監督、カイル・マクラクラン主演の「ヒドゥン」という低予算SFに感心して、友人にその話をしたら、それはハル・クレメントの「20億の針」ですね、と言われて、その時点でまだ読んでいなかった犯罪者を追って地球に迷い込んで帰れなくなったエイリアン話の代表作が気になった。それから数年後、デビッド・リンチ監督の「ツインピークス」が話題になって、「ヒドゥン」のエイリアン捜査官そっくりの演技をするマクラクランに、そうだ「20億の針」を読まなければ、と思い立ち、創元文庫を買ったのだが、結局、昨年の暮れまで読まずに過ごしてしまった。主人公が入学したばかりの高校生だったのにびっくりして、もっと主人公の年齢に近いときに読んでおく方が面白く感じただろう。そのチャンスを逃してしまったんだからもったいない。

 「20億の針」の原題はThe Needleである。「20億」は付いていない。この邦題だけについている20億というのは翻訳された60年代の世界の人口である。20億人の中に入り込んだ1人のエイリアンを探す話か、と思って読み始めたのだが、善悪2人のエイリアンが不時着したのは、タヒチ島近くの小さな、多分架空の島である。この島から外に出て行く手段は限られている。したがって、20人くらいの人間の中に潜んでいるエイリアン犯罪者を見つける話なのであった。創元文庫の編集者はうまい邦題をつけたものだ。

 邦題に相当なインフレがあるからといって、「20億の針」がつまらないということではない。南の島のローティーンたちの海での日常的な冒険遊びが丁寧に描かれている。こういう描写は南の海が好きな人間には魅力的である。

 犯人探しと言う点については、ええ、そうなの?!というところもあるが、エイリアンの警察官とたまたま共生することとなった少年とのやり取りが生物学的にも丁寧に描写されていて、クレメントらしい。クレメントらしいといえば、女性の影がまるでないこと。ボートで海に出て浸水してしまうということから、コーニイの「ハロー・サマー・グッドバイ」を思いだしたが、コーニイの作品では少年と少女の恋物語が縦糸になって読ませるわけで、クレメント作品にはそれはない。この意味でもハードなSFだと言えるかもしれない。

 60年代の翻訳なので、今ではあまり使われなくなった日本語の表現や、フランス領だということでフランス語風にタヒチがタイチと訳されていることなどに、違和感があった。そろそろ新訳を出してもよいのではないか。

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