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2010/07/19

メイスン&ディクスン読了

 新潮社のトマス・ピンチョン全小説の第一弾「メイスン&ディクスン」(柴田元幸・訳)を読み終えた。原文が18世紀の英語で書かれているのを反映させるのに今では使われなくなった漢語表現をたくさん使っているため、慣れるまで読み進むスピードが上がらない。日本でもメーソン・ディクソン線として知られているペンシルヴェニア州とメリーランド州の境界線を確定させる作業をした、チャールズ・メイスンとジェレマイア・ディクスン2人組の物語を、この2人の作業に参加したチェリコーク牧師が、1786年に家族に語るという体裁である。こういう設定なので18世紀の英語で表現されているわけなのだが、その中に、当時のものでない単語や表現や思想が混じりこむ。それを、訳注がかなり丁寧に入って説明する。しかし、なぜか、それからこぼれ落ちた言葉(表現)もある。たとえば、上巻456ページに「動力(エネルギー)保存をめぐる大前提」という言葉が出てくるが、エネルギーは19世紀初めに初めて使われるようになり、その後、エネルギー保存則が確立するので、明らかに時代錯誤の表現で、訳注がついてもいいはずだが、なぜか訳注がない。また、フラクタル理論やバタフライ効果の先取りと訳注をつけるなら、下巻66ページの基督教徒が賭博を罪と信じているという話題の部分に、アインシュタインが量子力学の波動関数の確率解釈に反対した意見の先取りと訳注をつけなかったのはなぜだろう、と思ってしまう。

 ピンチョンの作品は、どの作品も映画的なのであるが、この作品も読み始めて、これは、ビング・クロスビーとボブ・ホープの珍道中シリーズじゃないかと思えて、訳者(出版社)も多分そう感じて、上巻の帯に「アメリカ測量珍道中」と書いたのだろう。メイスンがクロスビーでディクスンがホープといった配役。ピンチョンはまた、漫画のキャラクターに言及するのを常としているが、時代背景が背景だけに直接漫画のキャラクター名が登場するのは難しい。唯一、「わんぱくデニス」のもじりがでるくらいである。ただ、博学な言葉をしゃべる英国犬は、「空飛ぶロッキー君」の中に登場した、シャーマン少年に本当の歴史を教えてくれる犬のピーボディ博士を思わせるし、神出鬼没の人造鴨はダフィ・ダックとフランスの恋するスカンンク、ペペ・ル・ピューを思わせる。その他にも、元ねたを探したくなる漫画的キャラクターはたくさん登場する。ワシントンやフランクリンの描き方は、ワーナー漫画で歴史上の有名人物をバッグス・バニーが茶化しまくる作品を連想させる。

 アメリカ合衆国という現代を代表する国がどのようにして生まれたか、ということと同時に、科学者が自覚的な科学の信奉者となり、職業として科学者や技術者が成立する時代(天文学者が生きるために占星術をしなくてすむようになった時代)を描いていて、つまりは、現代の大問題の原点を探る、という真面目な視線も見え隠れする。

 この作品で初めてピンチョンを読むということになる人にとっては、この作品はなかなかいい作品だという気がする。話がかならずメイスンとディクスンに戻ってきて、全体像がつかみやすいからである。

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