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2010/03/21

まだ中学生

 久しぶりにジャズのライブを聞きに行った。場所は清水町のレストラン枯山水。14才の中学生(!)ドラマー平陸をリーダーとしたジャズセッションだ。脇を固めるのはピアノの丈青(ちょっとチック・コリアに似た風貌)、ベースの後藤克臣(実質的にはこの人が演奏のリーダー)。最初に「キャラバン」を演奏したのだが、この曲名が直ぐに浮かばなくて、「チュニジアの夜」だったっけ、うーん、「クレオパトラの夢」だったかなあ・・・とにかくそっちの方の曲だけど・・・、とうとう演奏後の平陸による曲紹介まで思い出せず。休憩時間に妻にそのことを話したら、妻も同じだった。まだ中学生のドラマーの実力に感心したのだが、それよりも洒落っ気たっぷりのアドリブをした後藤克臣(これからソロに入るという瞬間にケータイを鳴らしてしまった客の、その着信音をすぐさまアドリブに使ったのは痛快であった)というベーシストに出会えたことがうれしかったひとときだった。

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2010/03/05

物理と宇宙と男と女

 翻訳家の浅倉久志が亡くなり、その追悼で訳書で読んでいない物があったら読もうと思い立ち、書棚を捜したら、ポール・アンダースンの「タウ・ゼロ」が見つかった。「タウ・ゼロ」というのは、自分がSFマガジンを読み始めたばかりの頃(1971年)に「SFスキャナー」という海外の新作SFを紹介するコラムで、浅倉久志その人が「止まらなくなった宇宙船の話」ということで取り上げた作品である。この記事を読んで、膨張から収縮に転じ再度ビッグバンを起こして新しい銀河ができるまで飛び続けるというスケールの雄大さに心を引かれ、早く訳本が出て欲しい、と思ったのだが、創元推理文庫から本書が出たのは1992年で、20年ちょっと待たされたのであった。待たされ過ぎたためか、出たときには感激して買ったのはいいが、更に18年読まずにいたのであった。計40年! 本書の主人公といえる恒星間ラムジェット船「レオノーラ・クリスティーネ号」の乗員の飛行時間よりも遥かに長い時間が経ってしまった。

 恒星間ラムジェット、発案者の名前を獲ってバサート・ラムジェットとも呼ばれる宇宙船の推進原理の説明や相対論による時間遅延効果や星の見え方の変化の描写など、ブルーバックスを読んでいるかのような文章の間をつないでいるのが、閉鎖空間に閉じこめられた男女50人の、書かれた時代を反映したかなりフリーな恋愛模様。オールディスだったら、こちらの方によりページを割いて、もっと扇情的な表現も多かっただろうなあ、と思ってしまった。

 読んでいて映画化しても面白いのではないかと思ったのだが、最終章は映画「地球最後の日」のラストシーンを見ているよう。SFはやっぱり「絵」なのである。

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2010/03/02

バスの神鯨

 T.J.バスの「神鯨」をハヤカワ文庫で買ってから31年経って初めて読んだ。読み始めて、こんなに長く積んどく本ではなかった、と後悔した。「人間原理」の宇宙論に触れた多分最初の長編SFだったのだ。作者のバスは病理学者なので、病院での人工冬眠やサイボーグ手術、クローン人間の製造などの描写が細部に渡り書き込まれていてリアリティがある。それに対して、タイトルになっているシロナガス鯨の体を利用して作られた巨大なサイボーグ漁船ロークァル(神鯨)や<ハイブ>と呼ばれる巨大都市が実際にはどのような形をしているのかは読みとりにくい。

 gy=cという、人類が生存できる惑星の条件を示した公式が出てくる。これは地球表面の重力加速度の大きさgに地球の公転周期y(1年を秒で表した数値)を掛けるとほぼ光の速さcになることを根拠として使われてるものだが、不覚にもこのような数値の関係があることを、今まで知らなかった。ただし、この公式の関係は学問的な裏付けがあるものではないことは直ぐ分かる。2gの重力加速度の惑星を考えると、公転周期は地球の半分になり、恒星に近付きすぎてとても生物が生まれる条件になりそうにないし、そもそも恒星の大きさを表す量が入っていないので、惑星の表面温度が適切になる条件が含まれていない。重力加速度の大きさの平方根が円周率πにほぼ一致するということと同様の偶然の一致の関係でしかない。

 遺伝的にはほぼ同一の3人を主人公にしているのが面白い、海洋冒険SF、あるいは、医学生理学SFであり、地球の海が再生する物語である。

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2010/03/01

「破られた対称性 素粒子と宇宙の法則」佐藤文隆 PHPサイエンス・ワールド新書

 昨年秋に新登場したPHP研究所が出している新書のシリーズの7冊目である。出たばかりに購入し、ほぼすぐに読み始めたのだが、第2章が数式も使用して素粒子場の量子力学を説明しており、縦書きの新書にしては歯ごたえのある解説を読み進めるのに時間が掛かってしまったのである。自分が物理を大学時代にやっていたから横書きのコラムとして読み飛ばしても良いように書かれている部分まできちんと読むと言うことにしてしまったから、時間が掛かったわけで、この部分に深入りせずに読まずにすましても良いようにはなっている。

 この本自体は、2008年のノーベル賞の3人、南部陽一郎、益川敏英、小林誠の理論を湯川秀樹の「中間子論」に始まる日本の素粒子論の流れの中で解説したものである。益川敏英と同世代で、小林・益川理論と同時期に一般相対性原理の「裸の特異点」を持つ解を見つけて世界中で注目され、さらには、一般紙でもそれが取り上げられて、当時高校生で小林・益川は知らない私も名前を覚えた佐藤文隆という適任者が書いているからこその裏話的内容もある。

 大学時代に物理をやっていて、なんだか自分がやりたいと思った素粒子論という物理の本流と思える分野に魅力が何となくないように思えたのは、「爽快感の伴わない長期の骨の折れる苦渋の消化試合」が始まった時期に相当していたからであると本書を読んで妙に納得したのであった。

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