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2005/12/10

「スキャナーダークリー」

 浅倉久志翻訳版を読み終えた。訳者自身があとがきで書いているが、創元文庫版山形浩生訳「暗闇のスキャナー」より、使われている訳語が古いなあと思える部分もある。特に最初の方では、その印象が強かった。山形訳では全く訳されなかったドイツ語部分が、原文-カッコに入った訳文、となっていて、親切である。スクランブルスーツのような、というか、タイトルに使われている「ダークリー」という言葉に通じる真相が良くわからないぼやけた感じは、飯田隆昭訳のサンリオ文庫版が一番あった。逆に、山形訳は物語の構造をくっきりさせすぎたんじゃないかと思うほど、主人公アークターのラストが悲しい。浅倉訳の印象は、ちょうどその間という感じである。先に出た2つの訳と重ならないように、ということだと、どうしてもそうなってしまうのだろうけど。

 SFとしてみたら、この作品は、スクランブルスーツというガジェットくらいしかSFらしさがない。ただ、今回3度目で初めて思ったことなのだが、主人公も読者も一杯食わされる(ディックの得意技)ヒロイン・ドナは、何の説明もないが、スクランブルスーツがさらに進化したスーツを身につけてるんじゃないか、ということ。このことを説明するとネタばらしになるのでやめるが、かなり強くそう思う。

 この小説の最初の方に、ラストシーンにつながる自然描写があることにも、初めて気が付いた。ディックの作品というのは、1回だけでは終わらないどんでん返しの面白さが、特徴である。しかし、そのダイナミックさでごまかされてしまっているのだが、よくよく考えると、話の辻褄が完全にはあっていない場合も多い。そのために、同じ作品を何度も読みかえすという気にはならないのだが、この作品には、そのような破綻はない。これが、後期の傑作といわれるゆえんだろう。

 「スキャナーズ」というタイトルで一度、どこが原作なんだという映画化がされているが(浅倉久志のあとがきでは、この作品の存在が無視されている)[注:kmtsさんの指摘で、「スキャナーズ」のパンフレットを引きずり出してみたら、監督のクローネンバーグが「スキャナー・ダークリー」からヒントを得た、と書かれていて、原作ではなかった。どこかで記憶違いをしたらしい。同様の記憶違いを最近している。最近、wowowでディック原作の「ペイチェック 消された記憶」をやっていたが、これは見ていないからと見始めたら、まるでこの作品の主人公のように、直後のシーンを次はこうなると思い出す自分に気が付いた。どうやら、劇場公開時に見ていたのである。全く、ディック的なできごとだ。]、キアヌ・リーブス主演で映画化され、近く公開されるという。どの程度、原作に忠実か気になるところである。原作通りでなくとも「ブレードランナー」並の、映画的イマジネーションがあれば許すんだけれど。

 私は、ドナのイメージの鮮烈さゆえに、山形訳を A SCANNER DARKLY の翻訳のベストとしたい。

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コメント

はじめまして。C4が最近気になってまして、こちらのblogもちょくちょくと覗かせて頂いてました。

C4絡みではなく、こちらに書き込みしたのはまさに丁度、暗闇のスキャナーを読んでいたところでして。
偶然が嬉しくて、つい。
ちょっと読み疲れしていたので、解説を読ませていただいてラストが楽しみになりました。

今後もC4のお話共々楽しみにさせていただきます。

投稿: colleda | 2005/12/12 23:55

 すごい偶然ですね。C4が快調で特に話題も見つけられないので、30年来のSF友達2人がブログを始めて、ディックがちょっと話題になっていたので、書いてみました。SFの話題については、今まで、HPの方のダイアリーに書いていたのですが、@niftyがダイアリーのサポートをやめてブログに一本化する、ということになったので、これからもSFの話題は時々書こうと思っています。

投稿: WILE.E | 2005/12/13 06:48

東京創元社のホームページをチェックしていたら、「暗闇のスキャナー」他数多くのディック作品が品切れ状態のようですね。
山形訳は、古書店で探すしかないし、現行で買うならば浅倉訳だけということになりそうです。

当方は田舎からロッテンシュタイナー編の「異邦からの眺め」を持ってきて、最初の作品「完世遠菩薩」でつまずきまくっています。「東欧SF傑作集」とか「ロシア・ソビエトSF傑作集」なんてのも、ちびりちびり睡眠前に読むと、わけがわからなくてよさそうです。

投稿: くーべ | 2005/12/14 20:37

 「暗闇のスキャナー」は、翻訳権が早川になってしまったので、このまま絶版になってしまうかも。創元で出版予定になっていたディックの未訳作品は、どうなっているんだろう?
 「異邦からの眺め」「東欧SF傑作集」「ロシア・ソビエトSF傑作集」、3冊とも持っていますが、まだ読んでいません。ディックのサンリオ文庫が今読んでいる「ヴァリス」を入れて、あと4冊あって、それが終わってから、レムへ移ろうと思っているので、さらにその後、ということになりそうです。

投稿: WILE.E | 2005/12/15 06:40

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(承前) いったい人格というものはなんなのだろうか。 アメリカの高名な数学者ロジャー・ペンローズ(出身はイギリス)は、現在のコンピュータをいくら発展させても、人間の精神を再現することはできないと主張している。その発想に至ったのは、新たな数学上の発見は、細密な計算の累積によるのではなく、直感的な閃きによるもの(まさにインスパイア)だ──という自らの体験かららしい。 ゆえに、今のコンピュータをいくら発展させても、人格を持ったコンュータなど製作不能ではないかというのだ。 ちょうどペンローズの本を読... [続きを読む]

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» スキャナー・ダークリー - A Scanner Darkly - (個人的評価:★) [地方競馬情報品質向上委員会]
東京都23区内で唯一上映しているシネセゾン渋谷で「スキャナー・ダークリー」を観てきました。 予告編で「ロト・スコープ」という手法を作った映像は斬新なものだったので、楽しみにしていましたが、肝心のストーリー展開があまりにも単調だったので、いくら映像が斬新でもそれだけで1時間40分は辛かったです。また、劇中での説明が不足していて、すぐには理解しにくい部分もあり、パンフレットを見て理解した面もあるのです...... [続きを読む]

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